小説と、人生の遊び方。 川崎・J・悠太 (旧登録名: 川崎・G・悠太)

問い合わせ先 painlessmental@gmail.com twitter https://twitter.com/meditationartYK 料金等の振込先口座(記事等が気に入ったからという理由での寄付も、ありがたいです) 三菱東京UFJ銀行 府中支店 普通 0251593     カワサキ ユウタ 銀行振込の振込明細書を領収書としてご利用ください。

特に読んでほしい小説

恋愛小説 『暇つぶしのための遺書』 (時々書き足していく)

 大嫌いな、愛する夫へ捧ぐ。長いけど、全部読め。どうせ暇だろ?生きれる限り、生きろよ。

                    潮見レイより



 「男は妻が死ぬと何もすることが無くなる」とのことだから、私が先に死んだ時のために文章を纏めておいてやろうと思う。どうせお前は、新しい妻も持たないだろう。私の素敵な乙女たちのうちのひとりが同情して結婚しようとしてくれるだろうけど、それも断るだろう。お前はそういう奴だ。
 ジョン・レノンは、ファンを装った人間に射殺された。たぶん、元ファンだろう。私も、そうなるかもしれない。いつ死んでも別におかしくない。これからも、たくさんの乙女たちと密室に入る。いつ殺されてもおかしくない。そういうことだ。

 雑誌の連載とかで載せたものもここに載せるが、ここにあるのは編集の手が入る前のものだ。誤字脱字があってもそのままだ。あまり誤字脱字をしない方だとは思うが、何かあるかもしれない。そこに私を感じてほしい。お前なら、わかるだろ?
 
 そして、お前がKという名前で書いたものも、ここに載せておく。お前から見た私を、もう一度眺めてみてほしい。きっと、見方がいかに間違っていたかがわかるはずだ。

 間違っても、これを出版するなよ。お前のためだけに書いたんだからな。頼むぞ。まあ、お前が死んだら、どうなるかわからんだろうけどな。それはまあ、仕方無い。




 まず第一に、お前はやっぱりおかしい。なぜ、女である私に嫉妬するのか。「俺がやりたくてもやれないことを、いとも簡単にやりやがって。」などと言うのか。
 少なくとも精神的には男として生きてきたつもりなのに、自分が女であることを意識してしまった。男と女。子供を作れない、産めない身体だとしても、男と女。女の身体で行う女相手の素敵な恋愛を至高だと思っていたが、男と女の恋愛も楽しいと思ってしまった。穢れなき私の身体を汚した罪深い男。それがお前だ。
 お前は相当、私の素敵な乙女たちに恨まれている。そのことを伝えた時のお前は、笑っていた。そして、「実質BLじゃん。」などという訳のわからないことを言う、穢れを愉しむ種類の素敵な乙女たちが私を囲むようになっていった。この書き方は良くないとは思うが、お前しか読まないんだから良いだろう。
 正直、男と男の恋愛の何が楽しいのかよくわからない。お前は楽しんでたな、確か。誰だっけ、どこかのプロ野球の監督だとか、3億円を棄ててまでシアトルにまで意中の男を追いかけた男の話をしていた。ただ、お前自身が男と交わることはなかった。あの乙女たちと喋っていた時のお前は、同族たちが集まっている場で同族たちと喋っているだけだった。
 乙女たちのうちのひとりが、「Kさんを掘ってもいいですか?」と訊いてきた。「掘る」の意味がわからない私は、恥じらう乙女とよくわからない会話を繰り広げた後、了承してしまった。
 これが間違いだった。私の前では見せない顔を、あの乙女の前ではしていた。「あの恥じらいはどこに行ったのか」思うような表情でお前を攻める乙女と、それを受け止めるお前。その関係を眺めていて、とても嫌な気分になった。
 それでも、乙女を止めることはできなかった。お前もお前だ。それでお前のことを嫌いになった。しかしながら、愛してしまったものは仕方無い。離れられなかった。私の弱さを痛感した。
 まあ、お前が幸せならそれで良いか、とも思った。甘い。それでも、私が乙女たちに囲われる理由がその甘さであることはよくわかっている。しかし、お前にはもっと厳しくするべきだった。
 来世というものがあるのなら、お前みたいな奴には近付かないことにする。私がお前みたいな奴を相手するのは、この世だけだ。感謝しろ。
 地獄に行くことになれば、お前みたいなのがたくさんいるんだろうな。困ったな。口説かれるんだろうな。それでも、お前はすぐには来るなよ。鬱陶しいから。そう書くと、来そうだけどな。やめろよ。

 お前は、お前の記憶の中の私と生きろ。




 それにしても、よくゴーストライターなんてできるな。私には無理だ。私が作ったものは、私の名前で発表したい。クリエイターとしてどうかしてるんじゃないか。
 お前が書く詞、曲はよくできていた。あの乙女たちは私の声で泣いたのではない。お前が泣かせたんだ。そう思う。1人が泣けば、もう1人が泣く。連鎖するかのように。ステージで、そんな光景を眺めていた。そして、歌う私も泣きそうだった。隠せていたのだろうか。お前はわかっていただろうな。
 私が死んだ後なら、実はお前が曲を作っていたことを明かしてくれても構わない。というか、明かしてほしい。お前みたいな作家が、名を残せないまま死んでいくのはどうかと思う。ただ、お前はずっとKとして生きていくだろうから、名は残らないけどな。
 そして、私の綺麗な点だけを語っていくのだろう。まあ、素敵な乙女たちのことを考えたら、綺麗なままの私でいた方が良いだろう。汚物としての私を知るのは、お前だけでいい。
 それにしても、どうやって書いたんだ?まあ、お前は教えてくれないだろうな。いつもいつも、「君から聞いた話をもとに書いただけ。君にも書けるよ。」と言っていたが、重要な部分は教えてくれない。
 もしかしたら、自然にできるから、わざわざ言わなかっただけかもしれない。いや、お前がそんな天才なわけが無い。そうだろ?



 お前が作るメロディ、難しすぎ。練習でなんとかしたけどさ。私の歌唱力を過信してないか?
 まあ、お前は、「いや、でも、歌えてるじゃん」とか言うんだろうな。知ってる。とりあえず、他の歌手に提供する時のことも考えて、歌いやすいメロディを作れるようになっておけよ。どうせ、そういう仕事は来るだろうから。


 よくよく考えたら、お前が先に死ぬ可能性も結構あるわけだ。それならそれでいいのだが、この遺書を読ませる相手がいなくなる。それは困る。私も私で、お前が先に死んだら困る。私には素敵な乙女たちがいるからいいといえばいいのだが、それでも、汚物としての私を見せることができる相手はお前しかいない。
 私はまた、汚物としての私を内側に隠さないといけなくなる。誰にも見せずに。それだけは、嫌だ。
 
 それならば、あと何年かしたら心中でもしようか、とも思うが、お前は嫌だろう。「女遊び、見守っていようか?」などと言い出しかねない。嫌だ。絶対に見られたくない。一回見せたが、その時のお前が本当に気持ち悪かった。私の相手をしてる時よりも興奮しやがって。
 
 はぁ。お前とこうして仲良くなる前は、こんな問題無かったのにな。想像しただけで、淋しい。

 お前が書いた曲で、未亡人の話があるが、もしかしたらあれは、未来の私のための曲なのかもしれないな。
 
 そんなもの、作らないでほしかった。やっぱり、一緒に死のう。いつにするかは、決まらない。でも、これから先、ずっと一緒に……。いや、私が女と遊んでる時間は嫌だ。

 どうしよう。女遊びを辞めるって言ったら、お前、なんて言うんだろう。



 依存。その単語で現せる気がする。私は結局、お前に依存している。残念なことに。お前の方はどうだろう。私がいない時間、ひとりでいつも遊んでいるのだろうか。私のための、私の名前で発表される曲を作っているのだろうか。それとも、私の乙女たちと好き勝手やっているのだろうか。妊娠したあの子も、もしやお前が……。
 考えても無駄なことだが、結局のところ、私はお前と人生を終えたいらしい。前にも書いたか。それでもまた、書きたい。お前と一緒に、最後の時を迎えたい。それも、誰にも邪魔されない場所で。残念ながら、乙女たちも邪魔者になってしまう。ごめんよ。
 お前が作る曲は、「潮見レイにこうなってほしい」という意志が透けて見えるものになっている。そのままの私を、愛してくれているわけではない。わかっている。でも、別に、変化してほしいなどと言ったことも、確かなかった気がする。そういえば、あった。お前が大事にしているものを壊した時だった。
 「それくらいで怒らなくても」と思う私がそこにいた。どうせ、私の金で買ったものなのだから。ただ、買った後、お前は魂を込めていたんだな。たぶん、魂の一部を廃棄させられる気分だったかもしれない。ごめん。
 でもやっぱり、お前はおかしい。物に執着するくらいなら、私に執着してほしい。女遊びをしに行く私を、少しで良いから止めてほしい。私の能力に執着するんじゃなくて、私そのものに執着してほしい。

 もう嫌だ。さっさと心中してしまいたい。でも、なんで私は、この遺書を書いているんだろう。わからない。


 結局、誤字を見つけて直してしまった。はぁ。なんだろな、私。

 そういえば、お前との出会いは奇妙だった。ステージ上にいる私を、お前は、「何かを奪い取ってやろう」という意志を込めた目で見ていた。ような気がするだけで実際どうかはわからないが、そうだっただろう。というか、女だらけの客席の中で、お前は相当、目立っていた。その目立つ中で、お前は私を睨んでいた。わかるか?私がまだ、ブレイクする前のことだ。

 なんだっけ、サイン会の時、お前は相当、奇妙なことを私に言った。それが何だったかは思い出せないけど、私を揺さぶった。そして、後で控室に来るように言った。口元だけで、笑っていた。怖かった。

 その後の展開がこれだ。お前が作った曲を歌ってみたら、ライブに来る客がどんどん増えた。恐ろしかった。そして、またおかしいのがお前だ。「俺は作品解説なんてしたくないから、君が作った曲ってことにしてくれ。君なら、俺がどういう意図で詞と曲を作っているのか、わかるだろ?」などと言い出す。
 実を言うと、そう言ってくれて、当時はありがたかった。サイン会で乙女をガッカリさせないために。たくさん嘘をついてきたから。「貴女のために作ったからね」などという嘘を、乙女たちは信じてしまっていた。そんなこと無いとわかるはずなのに。「恋は、人を馬鹿にし、そして馬鹿にする。」と、お前はよく言っていた。その通りだった。ただ、私に向けられた言葉であることに気付いたのは、つい最近だ。
 ただ、お前もお前で、馬鹿だ。私みたいな奴の黒い部分を全て引き受けることになったわけだから。お前は表よりも、裏側を見ることになったのだから。この美しい潮見レイの裏側を知ってしまったわけだから。前と同じように、美しい潮見レイとして見ることはもう、できなくなってしまったわけだ。馬鹿な奴。客席だけでも酔えていれば、お前の人生はもっと面白かっただろうに。

 あと、ひとつ言っておく。「儲かった分は俺にくれよ。」とか、余計ことばっかり言うからお前は、私の相手しかできないんだ。本当はもっと、女にモテるはずなんだ。私の乙女たちだって、奪ってくれて構わないんだ。
 お前は本当は、かわいい女の相手をしたいだろうに。

 ただ、書いてわかった。お前が私だけのお前でなくなったら、私はたぶん、死ぬ。独占したい。お前に独占されていない私が思うのも、相当、変な話だけど。ただ、お前は私を独占したいとは思わないだろう。
 お前が好きなのは、女の相手をしている潮見レイなのだから。ただ、いまさら言えない。つらい。全部、お前のせいだ。お前が悪い。私に、余計なものを背負わせやがって。なんで、私のことを見に来たんだよ……。


 
 読み返していて、「そういえば、お前も他の女の相手してたな。掘られる側で。」と思い出した。2に書いていることを、自分ですっかり忘れていた。そして、嫌なことを思い出した。お前のせいだ。

 まあ、そんなことはいいんだ。この私に、「私だけを見て」という台詞を吐かせたお前は凄いんだ。そして、「え、なにそれ。君、いつも家にいないじゃん。ねぇ、レイちゃん、熱でもあるの?」といったふざけた返事をしたお前を、絞め殺したくなった。本当に体温計を持ってきやがって。
 絞め殺したらどうするかはわからない。そして、平手打ちをした後のお前、なんで喜んでたんだ。
 そして気付いた。ただのマゾヒストだと。「レイちゃんだけだよ」と言っているが、女からならきっと、誰からでも喜ぶのだろう。特に、私と女の好みは近いみたいだし。

 それにしても、お前は、どの私を愛しているんだ?そもそも、何一つ愛されていないかもしれないわけだけど。まあ、愛されていないとしたら、さっさと心中してしまった方が良い気がする。



 「宇宙って、無数にあってさ。俺が女として生きてる宇宙もあるわけ。そして、レイちゃんが、女としての俺ひとりだけを愛しているような宇宙もね。そして、汚らわしいことに、レイちゃんが男を囲っている宇宙も。まあ、あるわけだ。残念ながらね。」などとお前が言っていたのを思い出した。間違えているかもしれない。
 非常に困ったことを言い出すものだ。まあ、この私は、お前を虐め倒してみることにするよ。

10
  『恋はヘロイン』。これは、潮見レイ作詞作曲の大ヒット曲。しかし、実際に書いたのはお前。完全に、私を馬鹿にしながら書いた曲だ。そうだろう?
 恋というヘロインに溺れた、表面上ではクールな王子様が裏ではとんでもないことになっている、という曲。潮見レイの裏側を知らない人間が聴いて、「潮見レイの多面性」を勝手に見出し、あれこれと考察する人間が後を絶たなかった。そして、訳のわからんうちに売れた。
 そして私は「作品解説になっているとは到底思えないポエム」を作品解説として吐き続けることになった。そして、勝手に観衆が意味を考え、そして語り、の繰り返し。ポエムを吐くのは得意だ。何千人の女を落としたと思ってる。いや、数を数えてないから、実際には千人ちょっとかもしれないけど。

 そしてお前は、「まあ、レイちゃんが歌うからだよね。俺の仮歌、微妙でしょ?「訳わからん男が訳わからんことを歌ってる」くらいにしか思わないでしょ?そういうこと。凄いのはレイちゃん。ってか、そろそろ作詞やったら?できるでしょ?作曲だって、僕じゃなくていいはずだし。まあ、他の人がゴーストライターやったら、後で大変なことになるだろうけど。それでもまあ、レイちゃんも作曲やればいいんじゃないかな。」などと言った。できるか。まあ、仮歌が微妙だったのは本当だが。ただ、作詞作曲については本当にできない。というか、お前も聴いただろう。
 あの程度のものしか、私には作れない。お前は、お前の能力を過小評価し過ぎなんだ。あえて、二重表現を使いたくなるくらいには。

 本当に、ムカつくやつだ。やっぱり、私が息の根を止めておいた方がいいんじゃないか。

 やっぱり、一緒に地獄に行きたい。天国でも別に良いけどさ、お前、どうせワイン飲み過ぎるだろ?弱い癖に。まあ、死んだ後なら大丈夫か。そのための天国だし。
 
 
11

 6で ”「それくらいで怒らなくても」と思う私がそこにいた。どうせ、私の金で買ったものなのだから。ただ、買った後、お前は魂を込めていたんだな。たぶん、魂の一部を廃棄させられる気分だったかもしれない。ごめん。”と書いたが、あれは結局、ゴーストライターとしてのお前が稼いだ金なんだよな。悪かった。いや、本人に言えよと思うだろうけど、伝えるのは私が死んだ後で良い。心中するとしたら……。え、どうしよう。
 この話は、結構大きな話をしている気がする。ゴーストライター問題で前に誰かが揉めていたが、あれも金の問題だった。揉め事になっても困るから、訊きに行ったのだが……。
 「ねぇ、レイちゃん、膝枕お願い。疲れた。」といきなり言ってきた。私は困惑した。もちろん応じたが。意外と、お前もかわいいんだな、と思った。私の膝の上でのお前は、飼い猫みたいだった。昔飼っていたタロウに似ている。懐かしい。タロウのこと、もっとかわいがればよかったと思って、頭を撫でた。気持ちよさそうにしているお前にキスをした。嬉しそうにしていた。お前を見てると、たまに、女の子かなと思うこともある。たぶん、女の身体だったら、私の乙女たちの中に埋もれていた。一晩限りだったかもしれない。危なかった。
 
 そしてお前は、「曲作るの、もう辞めたい。疲れた。レイちゃんと添い寝してたい。」と言い出した。そう、お前は疲れると、私に甘えてくる。さっきも「別にいいけど」と、そっけなく返したが、本当は嬉しい。この遺書を見て、お前は驚くのかな。それとも、知ってるのかな。それとも、「別に毎日したいわけじゃないから、これくらいがちょうどいい」のかもしれない。たぶんそうだ。お前、ひとりになりたがるもんな。
 「本当は、ずっと一緒にいたいんだよ。」と、いつ言えるのか。言えないまま死んでしまっても、この遺書には書いてある。しっかり読んでくれよ。

 でも、たまにでも、そばにいてくれて、ありがとう。

12
 
 11を読み返し、消したくなった。しかしまあ、取っておこう。お前が見たいのは、私の恥だろうからな。だからこそ、消したいわけだけど。

 そういえば、私の乙女のうちのひとりがうちに居座ろうとした時があった。あれは確か、冬のこと。その時のお前は、「ああ、俺は極力部屋に篭もるから、後はお好きにどうぞ。でも、リビングと廊下は使うから、見られたら困ることをするなら、鍵のかかる部屋でやってね。よろしく。」と言った。ふざけるな。追い出せ、お前が。
 しかしまあ、お前の言い分もわかる。追い出そうとしたら、お前は悪者になってしまう。と思ったら違った。5日くらい経ってあの子が帰った後、「君たちの声、最高だった。にしても、なんで防音室でやらなかったの?ま、レイちゃんは優しいから、聞こえるようにしてくれたんだよね。ありがとう。」などと言い出した。

 防音室は音楽の練習のために作ったのであり、そういうことのために作ったのではない。お前が作った歌いづらい曲を練習するために作ったんだ。その場でそんなことを……。それと、何をしているんだお前は。もしかして、部屋に篭ってても聞こえた?

 そういえば、お前が作った曲、色んな女が歌っているみたいだ。動画サイトに行くとたくさんある。いや、「あった」になっているかもしれないが。お前に聴かせてみた時、「レイちゃんが一番なんだよなぁ。まあ、レイちゃんのために作ってるからね。にしてもなー、みんなこの曲、レイちゃんが作ってると思ってるのか。なんとなく申し訳無いからさ、レイちゃんも早く曲作ったら?作詞だけでもやりなよ。」などと言った。
 ちなみに、男が歌っているのを聴く度に、何かを奪われている気がした。上手くないものに関しては別だが、売れそうな歌に仕上がっているものを聴く度に、「お前は本当はこのように歌いたいんだろうな」と思う。
 でもお前は、「レイちゃんみたいに歌いたいんだよね。まあ、ソックリにやっても意味無いし」と、うだうだ言うんだろう。知ってる。

13

 私の名前の由来を親に訊いてみたことがある。母は「知らない」と言い、父は伊集院レイという人物について教えてくれた。そして、「あいつ(母のことだ)には黙っておいてくれ」と。まあ、わかる。そうだろうな。そして、思ってた以上に期待通りだったらしい。
 私の親はなかなかにおかしい。でも、最高の親。そう思う。お前のところはどうだっけ?
 
 そう言えば、お前の人生について、あまり知らない。教えてもらうとするか。


14

 「そうねぇ……。野球が上手くないことで、色んなところから拗れて行ったんだと思う。まあ、遺伝とか、色んな要因ってあるじゃん。向いてることをやっていても、結局は野球をしたくなったんだよね。まあ、レイちゃんと一緒にいられるなら、別になんでもいいけどね。そういえば、昨晩はどんな女を……」

 お前はそう言ったが、よくわからなかった。ただ、私も私で、どこか拗れている。最高の親だけれど、私が望んでいたような愛情は貰えなかった気がする。

 まあ、仕方無い。完璧な人間などいないのだから……。

15

 サイン会。恐ろしいことを訊いてくる女がいた。「あの、もしかして、旦那さんが書いてます?『恋愛の時間』の歌詞。女性にあれが書けるとは思えないんですよ、どうしても。あなたの旦那さん、気前良く曲を貸してくれそうじゃないですか。それと、あのインタビュー記事と同じ匂いがして……。」と。眼鏡の奥の表情が怖かった。
 上手く誤魔化せたか、わからない。でも、私は誰のために、誤魔化したのだろうか。私のためだろうか。いや、私は、お前が作ったとわかった方が良いと思っているのだが。でも、お前は隠そうとする。しかしながら、なんでインタビューになど応じたのか。

 お前は「え、いや、だってさ。女と女の恋愛を眺めたり、その話を聞きたい男もいるってわかった方が、女と女の恋愛が増えそうじゃん?潮見レイの夫なわけだし、俺。」と答えた。

 お前にとっての人生は、何なのだろうか。一生、わからないと思う。

16

 15で書いた眼鏡の女を食べた。それで、『恋愛の時間』は潮見レイが作詞作曲したものだと納得したらしい……。いや、もちろん、眼鏡の女の最初の直感が正しかったわけだが。

 お前が「男の雑味」の話をしてくれた時のこと、覚えているか?「実際の男は、達人でもない限り、君みたいに丁寧に動かない。もっと、動きが飛んだり、軸をその場に保ったまま動くものだ。まあ、俺の動きは参考にならないけど。」といった感じの内容だったと思うが。
 そして、その言う通りに動いた。「性欲のせいで動きが乱れた」ということにして。そしたら、騙されてくれた。「男のような性欲を、あなたも持っている」と。なんということだろうか。

 しかし、この話を今のお前にしたら絶対に調子に乗るから、ここに書いておく。それにしてもまあ、ただの備忘録になってないか?この遺書。読み返していて、私が読んでも面白いなと思う。およそ、何を書いたかなんて忘れてしまうし。
 
 ちなみに、食った女の話はなるべくしないことにする。そんなことをしても、お前が喜ぶだけだ。そのために書いてるわけではない。


17

 お前がうるさいから作詞作曲をして、いつもの編曲家のところに持っていった。そしたら、「これ、旦那さんが作ったでしょ」と返された。なんということか。ちなみに、今までは全く何も言われないどころか、「君らしい良い曲だ。」と言われる。毎度毎度。
 という話をお前にしたら、「へー。じゃあ、俺が歌おうかな。面白いじゃん、それ。その曲は俺が作ったことにしとくね。」などと言い出した。
 
 あの時の私は頷いたが、本当は嫌だった。私が初めて作詞作曲した曲だぞ!はぁ、なんで、本当に作った曲は、お前の曲になってしまうんだ……。いや、それ言ったらさ、私名義でお前が作った曲が大量にあるんだよな……。はぁ、なんでお前に振り回されてるんだ……。まあ、どうせお前も振り回されてるって言うだろうし。振り回し合う関係というところだろうか。

 不思議なことに、私の曲を歌うお前、活き活きしてるんだよな。なんだろう、「潮見レイにできないことをやってやる」みたいな、そういう感じにも見える。まあ、私、一応、女の身体で生まれてるし……。一応?

 で、これを読む頃のお前は忘れてそうだから書いておくが、「潮見レイの夫のデビューアルバムとして」、「私が書いて、お前が歌った曲たち」は結構売れた。まあ、私のほどじゃないけどな。

 ちなみに、その編曲家には後ほど、「正直って、大事だよね。」と言われた。いや、嘘ついたら正直者扱いされるって……。ひとまず、お前のありがたさがわかった。私が嘘をついてるかどうか、しっかりわかるからな。いや、たまに困るけど。

18

 そういえば、お前の苗字、潮見なんだよな。私と同じ。結婚するってなった時、「潮見になりたい」と言い出したんだ、お前が。うーむ、なんでそうなったのか。まあ、都合良いけどさ。旧姓とか、めんどくさいじゃん。お前はまあ、関係無いだろうけどさ。
 そして、Kって確か、お前の苗字から取ったんだよな。「旧姓を少しでも感じられるように」とかいう名目で。時々、K-潮見と表記されたりするが、あれは旧姓と今の苗字が合わさったものになっている。なんなんだ。
 そういえば、お前の下の名前、なんだっけ?長らく呼んでなかった。お前って呼ぶか、Kって呼ぶか、だいたいどっちかだからな。まあ、公の場で、うっかりお前の名前を出さないためにも、忘れたままでいいか。
 にしても、夫の名前を知らないって……。たまに困るんだよな。まあ、いいか。ずっと家にいるのは
お前だし。な?

19

 「7日間、仕事も女遊びもしない。ずっと家にいる。」とお前に告げたところ、また体温計を持ってきやがった。そして、ビンタされて喜ぶお前を眺めて、何故か安心するようになってしまった。うーむ、何故だろう。ちなみに、訊いてみたところ、「レイちゃんがビンタする相手って、俺くらいでしょ。デュフフ。」と、何やら気味の悪い笑い方をしていた。はぁ。
 
 まあ、この7日間が楽しかったわけだ。いや、なんで私、女遊びしてお前を放ったらかしてるんだろうと思うくらいに。あの時のお前は、本心ではどうだったんだろうか?私の骨にでも語りかけてくれ。いや、つまらなかったなら、何も言わないで。

 お前は、どんな私を見せても、たいていは受け入れてくれる。ただのマゾヒストなのかもしれないが、まあ、どうなんだろうか。お前が相手していた女の話を聞く限りでは、お前がS側なんだけどな。と思って訊いてみたら、「理想のSがいなかったから、Sをやってただけだよ。レイちゃんと結婚できてよかった。」だとさ。本当なのだろうか。お前の言葉は、どうも信用できない。嘘つくの、どうせ上手いだろうし。っていうか、なんで、ゴーストライターをやっていることを隠し通せるんだ。
 はぁ、こうして書く文章が、元々の潮見レイに近付いていく……。まあ、どうせお前しか見ないんだし、どうでもいいか。いや、でもお前、出版しそうだな、これ。やめてくれ。頼むから、やめてくれ。恥ずかしいから。
 
 それでも、恥ずかしい私も、お前になら見せられるんだな。よかった、お前と結婚できて。でも、大嫌い。「まだ大丈夫なの?君の乙女たちは?」とか訊いてくるんだもん。まだ5日目だったのに。お前のことだけ考えていたかったのに。
 
 やっぱり、最後は心中する。死の3日前くらいにこれを読ませてやることにしよう。それでいいだろう。もし、もっとしっかり相手してくれるなら、心中はやめにして、しっかり二人で生きる。そうしよう。でもなぁ、なんでさ、お前、私の恋愛遍歴を聞きたがるんだ?わからん。もういいだろう。50人目くらいから、もう話すの飽きてるんだが……。まあ、お前が喜ぶから、話しちゃうんだけどさ。


20

 「レイちゃん、なんでそんなに女にモテるの?いや、そうじゃないか。どうやったら、そんなにモテるようになったの?」とお前が訊いてきた。「私の恋愛遍歴を聞いて、何が楽しいんだ?」と訊いてみた時に、お前がそう訊いてきた。「レイちゃんが抱いた女の話を聴く度に、レイちゃんのことが深くわかっていく感じがする」とも言ってたな。

 「わからない。それより、添い寝して。」が私の答えだったけど、この遺書の中では教えておく。申し訳無いけど、お前がモテないのはもう仕方無い。お前は本当に、マニア向けの存在なんだ。というか、色々とおかしいんだ、お前は。お前で喜ぶのは、たぶん私くらいだ。あ、いや、いたなぁ、おかしいのが。なんだっけ、2に出てきたアイツ。あれ以降、お前には一度も会わせてないと思う。コッソリ会ってるかもしれないけど。それは無いといいな。

 それよりだ。お前、どこでその技を身に着けた。私を快楽漬けにしてるの、お前くらいだぞ。はぁ、そういえば、「男の味も、人生で一度くらいは知っておくか」ってことで始まったのに、もう何十回目なんだろう。1週間空けたりすると、お前さ、少し休憩を挟んで何回も何回もやるじゃん。応じる私も私だけどさ。
 はぁ、嫌いだ。でもなぁ、愛しちゃったから、しょうがないんだよな。

21

 「レイちゃん、既にできてると思うけどなぁ。ああ、君の乙女たちに教えたいのね。相手の心の穴を、丁寧に丁寧に触ればいいんだよ。というかなんだろう。えーっとね、そもそも、相手の心にどうやって侵入するかだけど……。レイちゃんの場合はさ、歌ってる時の感覚でいればいいんだと思う。相手にどうやって、自分の感情を届けるか。それでしょ。」

 そう言ってたお前を直後に襲って快楽漬けにして、とても楽しかった。泣いてたな、お前。かわいかった。大好き。

22

 2の乙女、まだお前と交わろうとしている。黙って襲っておいた。お前、モテないなんてことは無いんだよな。やっぱり。私が近付けないけど。
 でもなぁ、みんな、私に捨てられそうになると言うこと聞くんだよなぁ。私、そんなに怖い?

23

 「レイちゃんはいつでも怖いよ。」というのが、「私のことが怖くなること、ある?」に対しての、お前の返答。「レイちゃんがビンタする時、気持ち良いくらいに手加減してくれてるのも知ってるよ。」と言われた私は、気付いたら本気でビンタしてた。あれは本気だ。MAXだ。でもお前、まだ手加減してると思ってるんだよな。
 違うよ。お前相手にはできないんだ。なんだかんだ、大事だから。はぁ、心中、本当にできるのかな。私だけ死んだら、お前、悲しむんだろうな。悲しまなかったら、それはそれで、一生呪ってやるけど。私のこと以外を考えられなくしてやる。

24

 「レイちゃーん、助けてー。」と、気の抜けた声でお前が言った。何かと思えば、構ってほしいと。なんだそれ。心配して損した。「言われればいつでも構うのに。仕事の時以外なら、いつでも。」と、口から出そうとしたら、出なかった。いや、本当は、仕事だってサボっていいんだよ、ライブ以外なら。レコーディングもまずいかな。あるじゃん、よくわかんない打ち合わせ。あれはサボっていい。

 もしかして、お前、寂しいけど、それを誤魔化してたりするのか?いや、それは私もなんだけどさ。なんだけど。どうしようかな。
 
 あとさ、お前が本気で私のことを好きなの、やっとわかったよ。やっと。ごめん。

25

 「女遊びはそろそろ辞める」と言った時のお前、驚き過ぎ。あのカップ、高いんだぞ。なんてことを。いや、いいんだけどさ。
 口では嫌がりながら、表情は喜んでたからな、お前。これを読んで思い出せよ。あ、そうだ。「気持ち良かった。好き。」って言いそびれた。しょうがないじゃん。まあ、伝えるのは、お前がこれを読む時でいいか。

26

 これ書いてる時、ヒヤヒヤするんだよなぁ。お前がいきなり覗き込んできたらどうしようって。少なくとも、今のお前には絶対に見せたくない。いや、でもなぁ。伝えるべきことは伝えた方が良いんだろうな、とは思うわけで。変な気分になるのは、ずっと一緒にいる人間相手に伝えてないことがあるっていうこと。まあ、ヘソクリみたいなものだと思ってほしい。良い遺産だろ?


27

 「レイちゃんごめん。」と言いながら、お前が襲ってきた。いや、我慢しなくていいんだって。でもさ、私、不機嫌になってたよな、最近。言い出しづらかっただろうな、きっと。って、またここに書くんだけど。言えない。だからなんだろうな、私から言わないと、何も始まらないの。いつもいつも、言い出しづらそうにお前が言って、私の気分次第で始まって。そうなんだよなぁ。
 
28

 今度は私から襲った。どうだった?好きって何回も言ったけど、届いた?答えは、私の骨にでも言ってくれ。いや、やっぱり、無し。明日訊こう。

29
 
 「やっぱり、襲われる方が楽しい。」と、お前が言い出した。なんだよもう。「私も」って言うか、迷ったじゃん。もう。嫌いだ。

30

 風邪引きやがって。なんだよ。襲ったのは、一緒に風邪引きたいからだからな。でも、体温高い方が気持ち良いって、本当なんだな。なんだろう。やっとお前、素直になってきたよな。

31

 風邪引いてたから書けなかった。なんだよ、お前だけさっさと治りやがって。でも、看病されるの、よかった。そして、レコーディング延期。もういいや。印税だけで十分だろ。ギター欲しいってお前が言わなくなったからな。っていうか、今ある分の半分で十分だろ。お前、別にレコーディングに参加しないし。そもそも、別にギター上手くないし。
 ってお前に言ったら、「え、レイちゃんが稼ぐ印税、そんなに少ないの?ってか、どのくらい貯まってるの?」って。そういえばそうだ。あの曲、お前が作った曲なんだよな。すっかり忘れる。ギター買うより、貯めた方がいいと思うんだよね、金は。だってさ、お前、無駄遣いするじゃん。お年玉を没収してきた母の気持ちがわかったよ。やっと。

 それはそうと、もう31なんだよな、この遺書。何気なく番号振ってたけど、そうなんだよ。よくぞまあ、ここまで書いたものだ。ただまあ、私が死んだ後のお前に言いたいことはまだまだあって……。いや、毎日毎日増えて行くんだよ。今のお前には言いたくないことが。
 でもなぁ、どうするんだ?私が死んだ後にこれを見て、お前が後悔したら嫌だな、とも思うわけで。困ったものだ。まあ、見せないけどね、今は。


32
  
 「ねぇ、レイちゃん。俺と結婚して、よかった?」と、お前が訊いてきた。勿論なんだけど、なんだかなぁ。訊かないでも、わかってよ。

33

 「レイちゃんどうしよう。レイちゃん、歌が下手になってる」とお前が言い出した。「たぶん、女遊びしてないから」とも。聴いてみても、よくわかんなかった。別に私、耳は良くないし。
 「作る曲の傾向を変えてみる」とのことだが、どうなるか。ただ、そろそろ私が曲を作ってもいいのかな、と思う。今なら、書けると思うんだ。お前に向けて書けば、いいんだろ?そうだろ?

34

 また曲作りについて訊いてみたら、「詞先でやってみたら?」とのことだった。というか、お前もそうしてたのか。早く言えよ。こっちの方がやりやすいんだから。
 

35

 「ああ、やっと、潮見レイが歌うための曲を潮見レイが作ったんだね。」とお前が言った。「ただ、今まで聴いてきた人は、あんまり良く思わないかもね。まあ、違う傾向のライブをやったり、アルバムを作れば良いんじゃないかな。」というのも付け加えて。よかった。

 ただ、「自分で作った曲を初めて人前で歌う」という感動を共有できるのが、お前しかいないのが虚しい。まあいいか。秘密って、そういうことだもんな。

 でもなぁ。意外とアッサリだったな。なんだよ、詞先かよ。でも、あれだな。似た者同士なんだな、私達。


36

 「レイちゃんがずっと家に居るって、凄いことだなぁと思ってたんだけど、慣れてきた。なんというか、やっと安心感に安心できるというか、なんというか。」とお前が言った。私に抱き着きながら。今までのは何だったのだろうか。でもまあ、変な夫婦生活だったなぁ。
 妻が女遊びをし、夫が待つ。こういう家庭、他所にあるのかなぁ。ただ、我が家はもう、違うんだよな。
 「我慢してたの?」と訊いてみたら、「そういうわけじゃないけれど……。でも、レイちゃんが家に居ると嬉しい」と答えた。なんだ、我慢してたんじゃん。かわいいけどさ、なんだろう。
 そして、乙女たちをどうするか、一切考えてなかった。うーむ、どうしようか。

37

 「他の女の匂いがする」は嬉しそうに言う台詞ではない。感想を訊いてくるお前にビンタしてそのまま寝たけど、やっぱり、女の身体は良い。お前の身体にはもう飽きた。まあ、お前なら見てわかっただろうな。

 お前が待っててくれるのって、本当はありがたいことなんだけど、でも。でもね。いや、いいや。

38

 匂いからどんな女を抱いてきたのかを予想するな。当たってるよ。気持ち悪い。どこでそんな訓練を受けたんだ。
 お前が女だったら、良い妻になったんだろうな。でも、私みたいなのに食われて、ポイ捨てされる。男が相手では満足できなくなって、私の幻影を追い掛ける。哀れだな。

 よかったな。お前はお前で。

小説『顔』

 「これ、整形する前の私なの。」
 僕が一目惚れした女は、もうこの世にいない。けれど、目の前にいる。そして、僕が一目惚れした女を消した張本人でもある。
 「今は言わないで。答えは一週間後に。それまでは、思い出を作らせて。お願い。」

 「思い出。僕も作りたかったな。」と、君の綺麗でもない泣き顔を見て思ってしまった。

 
 ここまで読んで驚いたかもしれない。まあ、そうだろう。隠してたから。
 この文章を読んでから、僕と結婚するかどうかを決めてほしい。僕としてはどちらでも良い。答えを要求されたのは僕だったが、僕が決めても仕方無いから君に決めてもらおうと思う。

 それでは、君が思い出としようとした一週間、僕が何を考えようとしたかを書き綴ろうと思う。

 お楽しみあれ。

・1日目

 「Big fly Ohtani-san!」と、アナウンサーが言っている。ある意味では「なんだ、またか」だが、嬉しいことでもある。どうせなら、もっと打ってほしい。
 と思ったら、「大事な話がある」と君が言い出した。「この試合が終わってからにして」と返した。不満げな顔をしていた気がする。しょうがないじゃん、大事な話を試合見てる時にできるかよ。いやまあ、どうせエンゼルスは負けるのだけれど。
 
 結局のところ、オータニさんの活躍むなしくエンゼルスは負けた。君の顔よりも見た光景だ。実を言えば、君の顔なんてものはほとんど見ていない。揺れる髪か、鎖骨を見ていた。いや、表情がどう変化してたかは眺めていた気がする。

 で、本題に入る。写真の中の人物に僕は一目惚れした。そして、それが過去の君であることを知った僕は落胆した。君か受け取った意味とは真逆である。
 「私、こんな女だったの。信じられないでしょう?こんなに暗くてブスな女、誰も好きにならなくて……。」と聞いた僕は、神の采配を怨むこととなった。

 「もっと早く出会わせろ」、と。

 
 夜、隣で眠る君から、かつての片鱗を感じ取ろうとしたが、わからなかった。

・2日目

 かつての君の写真を預かって僕がどうしていたか気になるだろう。かつての君と街を歩く妄想をしていた。君が仕事に出掛けている間、君の写真をポケットに仕舞って街を歩いていた。そして、時々写真を見た。
 たぶん、外から見たら「妹を亡くして哀しむ兄」か何かに見えただろう。正しい。ある意味ではもう死んだのだから。ただ、兄妹でも姉弟でもない。

 よくよく写真を見たら、元々の君の顔と僕の顔はそれなりに似ている。「自分に似ている女、どこかにいないかな」と思っていたのだが、まさか以前の君とは。

 君は一体、僕の顔をなんだと思ってるんだ。とも思う。でもまあ、顔目当てではないからな、お互いに。
 
 
 君が帰ってきた後、「他の女に会ってきたの?」と訊いてきた。「会えなかった」と返したら、「残りの時間だけは私のことだけ考えて」と泣き出した。もうちょっと、綺麗に泣けないものだろうか。

 ただ、本当は、今の君は美人と言われるべきはずだ。言われ慣れているだろう。ただ、僕の好みから遠い。それだけのことだ。
 でも仕方無い。その彫刻品(実際の整形手術がどのような手順かは知らないから他の表現の方が良いかもしれない)としての顔を褒められ飽きたから、君は僕の相手をすることになったのだ。話をやたらと聞いてくる僕を。
 実のところ、君みたいな金持ちの思考回路を知りたかっただけだ。ただそれだけ。そして、君のところにいれば僕は金を稼がずに遊び回れるから、君の申し出を受け入れた。愛情がそこにあるかは、知らない。

 とりあえず、整形前の君の方が好きだし、愛情を持って接することができると思う。きっと。でも、当時の君は僕に興味を持っただろうか。ひとまず、出会えなかったはずだ。


 夜、僕は君に襲われた。楽しかったよ。襲われる方が好き。続きを読む前に襲ってもいいよ。でも、死ぬのは嫌だから、そこはよろしく。


・3日目

 なぜ、文章で渡そうと思ったか。話すと長くなるし、忘れそうだから。君の目を盗んで書いていた。

 それと、僕自身、僕が何をどう感じているのか、知りたかった。
 
 相変わらず僕はメジャーリーグ中継を見ようとしたのだが、君が止めた。やれやれ。僕はオータニさんのホームランを見逃した。

 ところで、君は僕のどこを気に入ったのだろうか。「話をしっかり聞く」だけではなかろう。「他の男はみんな雑だから」とか、そういうのだろうか。
 ひとまず、僕を気に入ったのは不幸な話かもしれない。

 さて、君が仕事を休むことにしたから、あと4日間くらいは君とずっと一緒に暮らすことになる。それはまあいいのだけど、野球を見たかった。

 ひとまず、君とオークラのパンケーキを食べることにしたのは正解だった。美味だった。自分の金ではなかったから、余計に。というか、自分の金で食べる気にはなれない。
 帰りにタピオカ。糖分取り過ぎな気もしたが、まあよかった。これも思い出になったのかな?

 ふと思えば、君は動きが綺麗である。あとは綺麗に泣くことさえできれば。整形前の写真さえ見せられなければ、即決で結婚してたのに。
 もしかしたら、整形前の顔に一目惚れしていても君としたら別に問題無いのかもしれない。どうなのだろう。気になる。まあ、そのためにこれを書いているのだが。

 でも、Xデーまでは黙っておく。
 夜は君に抱き着かれた状態で寝ることとなった。この胸はシリコンなのかとずっと気になって、なかなか眠れなかった。
 シリコンだったとしたら、外してほしい。胸は自己主張していない方が良い。鎖骨の邪魔をしてしまう。胸は鎖骨より目立ってはいけない。

 まあ、君が僕から離れるのなら、関係の無い話だ。

・4日目
 
 よくよく考えたら、前に住んでいた物件は解約したのだった。さて、君との同居が続かない場合、僕はどこに住むことになってしまうのだろう。
 まあ、また君みたいな人を探せばいいのかな、とは思う。今度は、整形前の顔が本当にブスな人を。いやまあ、整形経験者である必要は何処にも無いのだが。

 それにしても、本当に誤算だった。君が整形しているのは薄々気付いてた(フィフティーフィフティーくらいの精度だろうと思っていた)が、まさか、整形前の君の顔があんなにも僕好みだとは。
 
 でも、僕の好みが特殊なような気もしている。整形前の顔は、テレビや雑誌等では出番の無い顔だろうし、事実、今の方が君はモテる。僕は金目当てだったが、今ならテレビでもチヤホヤされるだろう。
 

 昼間。また君に襲われた。その間、子供ができたらどうなるのだろうと考えていた。娘だったら、整形前の君そっくりでかわいいだろう。君が要らないと言うなら、僕が育ててもいい(育てる金は無いがな)。仮に結婚してたとしても、君を放置して娘の相手をしているはず。

 息子だったら、要らない。

 夜。ふたりとも真夜中に起きて、ふたりで散歩した。あれもあれで楽しかった。

 
・5日目

 整形前の君を消した張本人が君であるという事実を、僕はまだ許せていない。のだが、消さなかったら、ここまで生きてこれなかったのかもしれない。事実、君が稼げているのは、「今の」顔のおかげだ。断じて、君の実力ではない。君が取った契約は、顔で取ったものだ。たぶん。
 その金で遊び回ってる僕は、文句を言える立場ではない、のだろう。
 
 そして、君は自信を掴むということもなかっただろう。当時の君に僕が出会っていたとして、僕はどこまで君の自信になれただろうか。

 そう思うと、君は今の君でいることが正解なのかもしれない。

 そんなことを、君が淹れる紅茶を飲みながら考えていた。話を聞いてなかったのは、そういうこと。すまんね。

・6日目

 もう、結婚を決めていいんじゃないかと思ってきた。まあ、それだと騙すことになってしまうのだが。まあ、いいでしょう。全部君が悪い。

 離婚を検討する時にこれを見せることになるかもしれない。覚悟あれ。と言っても、その時の君は、これを初めて見ているんだよな。ふふん。

・7日目
 
 君がずっと泣いていた。綺麗に泣けるようになったじゃないか。よかった。ありがとう。



・結び

 君がいつこれを見ているか、これを書いている時の僕に知る由は無い。もしかしたら、浮気や不倫の証拠を探している時かもしれないし、すぐかもしれないし、それか、僕がこの世から退場した後かもしれない。
 
 いずれにしても、君は驚くだろう。君にこれを見せないという選択をすると、その驚く顔を見ることができないわけだが、まあ、人生ってそういうもんでしょう。
 
 とりあえずまあ、どうもありがとう。そして、整形前の君によろしく。君が君と仲直りしてくれると、僕は嬉しい。

















百合小説 『瑚』 (公開執筆中(つまり、順次更新中))

 当時の私は、瑚子さんを警戒していた。母が心を許せる唯一の相手が、瑚子さんだった。父の前では決して見せない顔を、母は瑚子さんの前では見せていた。
 瑚子さんは、私の名前の元になった人でもあった。"瑚"という字は、宝物を意味するらしい。そして、母にとっての宝物は、瑚子さんだった。

 大事にしてほしかった。それでも、私は私でしかなかった。母の宝物には、なれなかった。

 それが、私。

 
 瑚子さんは、こんな私に優しくしてくれた。何のつもりだろうかと思った。親友の娘だからだろうか。それとも、奪われた者への哀れみだろうか。

 今思えば、同じ傷を抱えていたのかもしれない。

§ 

 ある日、瑚子さんと私だけで喫茶店に行った。いつのことかは忘れてしまったが、今では絶滅危惧種となった、純喫茶と名乗る店に行ったということは覚えている。何故、純喫茶を選んだのかはわからない。

 日記でもつけておけばよかったなどと思っても手遅れである。手遅れだから、いや、手遅れだからこそ、私は今、ここに記しているのかもしれない。日記でもなんでもなくなってしまったが、忘れてしまう前に書いておきたい。


 あの日の私は、母と父、そして私の関係について瑚子さんに相談していた。いや、違った。優しく接してくれる人の本性を暴こうとしていた。

 人が人を試す時、同時に、人は人に試されている。私はその日、傷を見せ付けられた。瑚子さんの古傷と、私の傷。そして、それを思い返す私が、新たに作った傷。未来と過去が、傷によって繋がる。

 「莉瑚ちゃんは、お母さんのことは嫌いなの?」
「嫌い」 
「じゃあ、いなくなればいいと思う?そうなったら、私は悲しいけれど、莉瑚ちゃんはどう?」
「困る」
そんな会話だったと思う。何を言うんだろうと思った。そして、もし、その困る事態になっても、瑚子さんが助けてくれるなら別に良い、とも思っていたような気がする。本当に助けてもらえるのか、確かめていた。

 今思うと、親友が家庭で上手く行っていないということを、その親友の娘から聞くという、中々に重々しい状況であった。もし私が同じ状況に立ったら......。想像したくない。

 しばらく続いた沈黙が、あの時の私の人生を示していた。結局、私は誰のことも信じられないし、信じてもらうことも無いのだなと、あの時の私は感じていた。それでも、瑚子さんは、何かあったら連絡してほしいと言った。

 その何週間か後、何かあった。私が寂しさからか、私のことを好きになった男と付き合うことにした頃。
 
§  
 
 私の最初の彼氏。思い出したくもないが、あいつは私のことを……。何をどうやったら、あんなふうに人にさわることができるのだろう。とにかく、嫌だった。別れる時、殴られた。痛かった。5歳の頃の私が捨てたあの人形も、あんな気分だったのだろう。

 殴られた三日後、そのことを瑚子さんに言った。この前の純喫茶で。瑚子さんは私よりも怒っていた。なんで瑚子さんが怒るんだろう。当時の私には、わからなかった。
 
 店を出た直後、頭を撫でられた。心の中まで丁寧に撫でられているかのような柔らかい手の感触。人生で初めて、私がこの世にいていい存在なのだと思えた。

§
 
 あの時から徐々に、瑚子さんのことを考える時間が多くなった。どんな人生を歩んできて、今までにどんな恋人がいて、とか、色々と考えていた。それでも、いつかは裏切られるんだろうと思っていた。

 そして、裏切られた後の私がどうなってしまうのかを考えるようになった。
 
§

 人を信じるということ。裏切られるということ。このふたつのことをよく考える。私が人を裏切る日は来るのだろうか。そもそも、誰かが私を信じることはあるのだろうか。瑚子さんは......。

§

 そういえば、父はよくわからない人だった。今となっては、更にわからない。何故、母と結婚することになったのだろう。瑚子さんはたぶん、私の両親の結婚式に行っている。写真は残っているのだろうか。たぶん、無いだろうな。

§

 夢に瑚子さんが出てきた。恋人として一緒に1日を過ごす夢。ずっと前から瑚子さんと恋人だったかのような息遣い。瑚子さんの膝で寝るよりも、私の膝の上に瑚子さんがいる方がドキドキする。好き。幸せな時間。
 一緒に布団に入って、明日は何をするか話して、眠くなって寝た。そして、目が覚めたら、私は私に戻っていた。明日の約束というものは、果たされないものである。虚しい。
 初めての彼氏の一件の頃の私も、似たような夢を見ていたことを思い出した。こっちの世界を捨てて、瑚子さんの恋人をやっているあの世界に帰りたいと思う。

 しかしながら、人生はそう都合良く行くものではない。時々、都合良い人生を歩む人もいるらしいけど。

§

 何を書けばいいのか、思い出せなくなってしまった。正確には、思い出したら今を生きるのをやめてしまいたくなるから、思い出したくないのかもしれない。ただ、瑚子さんと過ごした記憶を書いておかないと、未来の私が困る気がしている。あの時も、何かするべきだったんだ。

§
 
 また、夢を見た。瑚子さんが中学生くらいで、私も、同じくらい。瑚子さんが私の膝の上で気持ちよさそうに寝ている。瑚子さんの頭の重さを感じる。頭を撫でてみた。きれいな髪。ずっと、触っていたい。今だけは私だけのもの。そうしているうちに、眠くなった……。

 あ、しまった。と思って起きて、仕方無く、これを書いている。文章を書いて読み返してみて、感覚が蘇る。そういえば、母に写真を見せてもらったことがあった。夢は記憶を合成したものだと言われているが、その写真と同じ顔だった。もしかしたら、「その時の母と入れ替わりたい」という願いが叶ったのかもしれない。しかしながら、短い時間で終わってしまった。今の人生を、辞めてしまいたい。

§
 
 あの夢を見てから、暇さえあればずっと寝ている。私が歩みたかった人生を、夢という形でなら見ることができる。しかしながら、良い夢を見ることができない。宇宙人に連れ去られた夢は面白かった。そのくらいだろうか。
 「思い出す」という行為の虚しさを痛感している。そこに体感は無い。だから、書きたくても書けない。否、もう書きたくない。しかしながら、書くしかない。書かないと、過去は過去として、流れ去ってしまう。

§
 街角で綺麗な女性に、「タイムマシンが完成したら、どうしますか?」と訊かれた。私は結局、答えられなかった。答えたら、すべてが壊れてしまう気がして。

§
 知らない女との情事の夢。つまらなかった。

§
 なんということだ。瑚子さんが書いた記事を見付けてしまった。20歳の時に書いた記事だという。「劣等感まみれで生きてきたが、そのおかげで今がある」という内容。
 そんなこと言ったら、私はどうなってしまうのだろうか、という気分になった。それでも、瑚子さんの謎がひとつ解けた。瑚子さんはやっぱり、同じ傷を抱えていたのだ。そう、きっと。
 
 私には瑚子さんという逃げ道があったから、無能なまま、無能として生きてきた。そんな気がする。それでも、人生は人生なんだなって思った。さて、お酒飲もうかな。

§

 昨日の私がお酒飲もうかなと書いて、数少ない友人の望帆ちゃんと飲み始めて数分経ったところまでは覚えている。覚えているのだが、その後の記憶が無い。部屋が荒れている……。何したっけ……。

§
 望帆ちゃんは怒っていた。「私の初めてを奪っておいて覚えていないのか」、と。なんのことなんだ。そういえば、ベッドから望帆ちゃんの匂いがする……。そういうことなのか?いや、でも、まさか私が。
 それはそうと、瑚子さんって良い匂いだったなぁ。あれ?記憶が出てきた。なにこれ。


§
 出てきた記憶。書けない。これは、書いちゃいけない。でも何か書きたいから書く。
 
§
 そう書いた私は、全力で逃げた。記憶からも、私からも。


§
 過去の自分。未来の自分。今の自分。それぞれ、違う自分のような気がしている。20歳の頃の瑚子さんは、傷と向き合っていた。私は、ここまで、向き合わずに来てしまった。
 未来の私は、この傷を、どういうものとして見ているのだろうか。

§
 占いを受けた日のことを思い出した。あの占い師の占いは、よく当たった。しかしながら、インチキだった。通っていた小説教室の先生だったのだから、色々と知っていて当然である。最後の最後で、そのインチキを明かされた。声が違うだけで、あんなに印象って違うんだな。前はボイストレーナーをやっていたとか言ってたっけ。うーん、何者なんだあのひとは。

 うーん、色々と恥ずかしくなってきた。筒抜けじゃないの。思い出して気付くってのも、遅いし。でも、理解がある人でよかったな。ありすぎて気持ち悪いくらいだけど。そういえば、あの先生は女と女の恋愛を小説にしているんだった。もはや、それしか書かない。あの先生、やってきた恋愛が滅茶苦茶だったとか言ってたなぁ。うーん。

 「本当は女として女と恋愛したかったけど、まあ、男に生まれたことだし、まあ、そうね、客観的に女と女を眺めることができてよかったかなぁ。あー、でもなぁ……。なんというかさー、男ってだけで警戒されるしー……。」と、授業の時に、うだうだ言ってたのを思い出した。警戒されるのは、その見た目のせいだと思う。あと、笑い過ぎ。なんで、自分が言ったことに笑えるんだろう。馬鹿みたい。
  
 あの時の先生だと知らずに「女と恋愛したい。それも、近くにいる素敵な人と」と私が言った時、占い師としてのあいつはとても嬉しそうにしていた。お前のためにやってるんじゃないのに。

§
 などと書いた翌日、久々の再会。あいつ曰く、「ちょうど会いたかったんだよねー。」とのこと。知るか。しかしながら、いつもの喫茶店に行くこととなった。
 そこで恐ろしいことを知ることとなった。この胡散臭い奴は、20歳当時の瑚子さんのことを知っているという。なんということだ。早く言えよ。いや、「え?君、瑚子さんと関係あるの?」と言ってたし、私が言わなかったのもあるか。でも、これでインチキ占い師がインチキ占い師であることがハッキリした。占い師なら、そんくらいわかるはずだから。 
 
 瑚子さんはやっぱり、私が思っている瑚子さんとは違うらしい。朝起きたら3限だった話とか、本当にずっとTwitterやってたとか、色々と教えてくれた。今のTwitterと当時のTwitterが全然違うことも。それにしても、なんでそんなに嬉しそうなんだ。気持ち悪い。
 
 そして、「瑚子さんと結ばれるのが難しいなら、とりあえず、他の女食っちゃえば?」などとも言ってきた。なんだこいつは、と思いつつ、既に食っていることを思い出した。覚えてないけど。とりあえず、望帆ちゃんでいいか。
 などと考えていたら、「あっ、狙えそうな子いるんだ。よかったね。」と言い出した。そこだけ読み取るな、気持ち悪い。
 うっかり口から出てしまったが、奴は笑っていた。マゾヒストなのだろうか。

 そして、奴が別れ際に、「本当に目指すべきものを諦めないように。意外と、どうにかなるものだから。特に、君みたいな女はね。」と言って、上機嫌なまま帰っていった。気持ち悪い。


§
 「言い忘れていた。瑚子さんは女と恋愛をする気は無いそうだ。君が何かを捻じ曲げるしか無い。まあ、違う女で満たそうとして、それで物足りなかったら狙えばいいさ。やはり、練習量が物を言う。ただ、丁寧にやらないと意味は無いが。そういえば、百人斬りしたのに下手だった女がいたなぁ。懐かしい。」
翌日に書店で遭遇した際、この長い台詞を口に出していた。昨日から言う練習をしていたのだろうか。そうだとすると、何故私のことを考えているのだろうか。
「あのねぇ、私のこと、どうしたいわけ?」
「女と女の面白い話が聞ければなんでもいいよ。君はまさに、その面白い要素を持っている。」と奴は、これから何やら面白い映画が始まる時のような表情で言った。そして、こう続けた。

 「君がやるべきことは、相手がこの世に存在している意義を肯定すること。生きててよかったという感覚を感じさせること。そして、快楽の沼に落とすこと。快楽の沼を心地良い空間に保つこと。ただただ、それだけ。実験台がいるなら、まずは実験台にやってみてほしい。」
 これを聞いて私が思ったことは、「こいつはこれまでの人生で何をしてきたんだろうか」ということ。やっぱり、あまり関わってはいけない人物なのかもしれない。

 
§
 
 最悪だ。何故だ。何故私のもとからあの女は離れない。何故、踏まれて喜ぶんだ。何故、出血して喜ぶんだ。「莉瑚ちゃんのためなら何でもする」と言っていたから、家に帰っていただくように指示したら、本当に帰ってしまった。まあ、邪魔だったからいいや。とりあえず、瑚子さんのことを思い出そう。
 と思ったら、あいつの言葉がフラッシュバックする。ちょうど、少し前に書いたことだ。もしかしたら、私も望帆も、「この世に存在している意義」を探しているのかもしれない。そういえば、あいつ自身はその問題をどうしたんだ?訊いてみよう。



 少しだけ、莉瑚に代わってこの文を書くことになった。やれやれ。僕はマールボロに火を点けた。
 莉瑚は僕の最高の教え子である。なんといっても、こんなに面白い話を持ってきてくれるのだから。読んでみて、直したいところはいくらでもあった。いくらでもとか、そういう次元ではない。しかしまあ、大事なのは内容なのだ。少なくとも、僕にとっては。 
 
 女と男、女と女、そして、男と女。この3つはいずれも違う。僕はただ、添え物でありたいのだ。あるいは、女になってしまえばいいのだが、そう簡単な問題ではない。身体の方を改造しても、「男でなくなる」だけである。しかも、僕は「自分の心と身体両方が女ではないこと」を熟知している。そう、性別違和などは別に存在しないのだ。そこにあるのは、憧れだけである。

 ただ他方で、ある種の同族嫌悪も、そこにはあるかもしれない。

 さて、本題。人生には超えるべき山がある。しかしながら、その山は遠くから見た方が良い場合もある。高くて綺麗な山ほど、登る人間が多いからゴミが落ちている。誰が片付けるのか、という話だ。登りづらい山ほど、片付けが大変なのだ。

 山はいくらでもある。しかしながら、登りたくなったら仕方が無い。人生とは、ある意味でそういうものだ。

 それはそうと、「気持ち悪い」と思う相手ほど、自らの人生に濃く根深く影響を与えるものなんだよね。よくもわるくも。

そういえば、みほちゃんの字、望帆って書くんだね。うーん、よみづらいけど良い名前だなぁ。



 はぁ、本題が一番意味わからないっての。やっぱりあいつは、気持ち悪い。

§

 望帆から連絡が来た。メチャクチャにしてほしいとのことだ。「既にメチャクチャだよ、お前は」と送ったら、「もっと」と返ってきた。はぁ。あのインチキ占い師に押し付けるか。

§
 奴は抹茶ラテ、私はブレンドティーを注文した。いつもとは、違う店。
 「すると、君は沼の底まで沈めるかのように依存させた女を僕に押し付けたいと。」奴は欲しかった玩具を買ってもらえた子供のような満面の笑みで言った。
「他にある?」私がいつものように棘のある声で言う。あの時の私は、特に機嫌が悪かった。
「それはつまらない。僕は女同士が見たいだけだ。あ、そうだ。君らがヤッてるところを見たいんだ。目の前で。それがいい。そうしよう。」
「嫌に決まってるじゃん。アンタに裸を見せるなんて。」勿論嫌だ。絶対に嫌だ。
「君は全く脱がなくていい。脱ぐのはその子だけで十分。どうせ、君が攻めなんだろう?」
「そうだけど……。」何故知ってる。
「何故かって、受けの側が依存させるって、よっぽど良い声とか、よっぽど触り心地が良いとかじゃないとありえないから。君の声も魅力的ではあるけど、依存とは違うんだよね。たとえるなら、うーん……。」
「たとえなくていいから。そうじゃなくてさ、なんで私の心の中が読めるの?」
 奴はずっと考え込んだ。あれ、まつ毛、長いんだ……。

 「言ってしまえば、僕の経験則かな。ただ、それだけ。僕はたくさんの過ちを犯してきた。過ちを犯して反省するのも大事だけど、それだけだと、ある種勿体無い。何かしら得たものはあったはずだから。そして、恩であったり、得たものは、どこか違うところに送るものだからね。本人に返しても、本人にとっては当たり前のことだから。」
 良いことを言っている……のか?
 「まあ、僕は結局、僕でしかないんだ。残念ながらね。」
「だからなんだよ……。」
「特に無いよ。ま、そんなわけで、今日大丈夫?望帆ちゃんは呼べばどうせ来るだろうけど、君の都合は。」ウキウキしてやがる。
「そもそも、承諾してないんだけど。」
 奴は考え込んだ後、こう言った。
 「瑚子さんを”攻略”したいなら、君が持ってる技を見ておく必要があるんだけどね。」
「いいよ、しなくて。アンタに頼ってできたとしても、何ひとつ嬉しくない。」
 奴は笑った。そして、言った。「やっぱり君は、最高だ」と。
 そして、奴に望帆の連絡先を押し付け、ブランデーを買って帰宅した。あれ?私はなんで、ブランデーを飲み始めたんだっけ?

§

 ふと気付く。奴は、「この世に存在している意義」に答えていない。それが訊きたくて、奴に文章を書かせたというのに。また、訊かなくてはならない。

§

 いつもの喫茶店。いつものメニュー。
 「ああ、それね。快楽のためだよ。他に何があるの?」奴はこう言った。そしてこう続けた。
「人間ってさ、快楽を飼い慣らすことに成功した唯一の動物なんだよね。まあ、制御しきれてない奴もいるけど。昔の俺もそうかな。でさー、哲学とかその辺やってる時に感じる快楽って凄いのよ。神の声が聞こえる時もあって、あの快楽は凄くて……。」
 と、こんなことを言っていたような気がするが、あまりに長くて途中から聞くのをやめていたからここに記せない。ただ、覚えているのは、
 「越せないと思い込んでいる山を越す手段を思い付いた時に感じるあの感覚。あのために生きている。」という言葉。これは深く私の中に残った。何故だろう。

 「そういえば、望帆ちゃん、相当凄いことになったよ。今度、密室で会ってみて。」と奴は言った。

 嫌な予感しかしない。

§
 書きたくない出来事が起きた。私は私を辞める。そう記しておく。奴のせいだ。全部、奴のせいだ。


§

 「責任取れ、ねぇ……。僕、実は既婚者なんだよね。ごめん。あ、でも、僕の素敵な妻が君のことを食べてくれるよ。大丈夫だ…」
「そんなこと言ってない。望帆だ望帆。望帆に何した?」
「あー……。えーっと、僕の技を味わってもらった後に、その技の解説をした。え?もしかして、凄く良かったの?あの子の技。」
「……。そうだよ……。」
「あー、僕はやっぱり、教えるのも上手いのか……。はぁ、罪な能力を持ってしまったな。この技教えるの、はじめてなんだけどなぁ。」
「ってか、望帆に何したのよ。何?あんたと間接的にでも何かしたってこと?気持ち悪い。」
「指だけで、しかも、ゴム手袋をした上でやったけど……。それでも嫌?」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。  ……。トイレ行ってくる。吐いてくる。」

 と、こんな会話をした気がする。やっぱりあいつは、最低だ。早くこの世から去ってほしい。いくら謝っても無駄だ。私の人生をメチャクチャにしやがって。なんで私が。なんで私が。なんで私が。

 一瞬、鏡に映る私が見えた。もう一度覗き込んだ。この顔の私なら、好きかもしれない。私が私を嫌いだったのは、感情を亡きものにしていたからかもしれない。哀しみも憎しみも、怒りも苦しみも、そして、恨みも。全部、私なんだ。私はやっと、私になれたんだ。


§

 久々に丸一日寝た。また、寝る。

§

 望帆から連絡が来てた。はぁ、無視しよ。寝る。

§

 瑚子さんが夢に出てきた。80歳くらいの姿だろうか。綺麗なおばあちゃん。私の姿は今のまま。頭を撫でられて、やっと、救われた気分になった。でも、うたた寝して、起きたら……。また寝る。

§
 どこか目線の強い女性。誰かに似ている。誰だろうか。まつ毛が長い。
そんな女性に襲われた夢だった。快楽に浸り、「生きる意味」とやらが見えた気がする。それでもどこか、「嘘」があったような気がする。何故だろう。
 「夢が覚めたらわかるよ」と、その女性は言った。その時に気付いた。あいつだと。
 あいつが男だから嫌なのか、それとも、あいつの性根が嫌なのか。それがその夢で気付いた気がする。あいつもあいつで、闇を抱えている。

 それでも、あいつを許したわけではない。

§

 夕方目が冷めたら、隣に望帆がいた。私もあいつも全裸だった。怖かった。

 「えへへー。ピッキングしちゃったー。」などと、気の抜けた声で言っていた。髪の毛を掴んで、引っ張った。痛がりつつも喜んでやがる。引きちぎるか、根っこから抜いてやろうかと思ったが、思ったより頑丈だった。諦めた。

 「連絡無いから、心配したんだよ?」とあいつは言った。
「もう縁を切りたいから連絡しなかった」と言うと、耳を舐められた。水音が響く。抵抗するだけの力を全て奪われて、結局……。ここからはもう書かない。

§
 一週間くらい、夢なんだかよくわからなかった日々を過ごしていた。ああ、夢ならいいのに。

§

 あいつって書いたけど、どっちのことだかわかんないな。まあいいや、どっちもクソはクソだ。いや、よくない。それって、あのクソ野郎に犯されてるってことじゃ……。もう、死にたい。
 あの女が、「髪の洗い方は先生直伝なの」と言ったのを思い出して、丸刈りにでもしてみたくなった。しかしながら、毛根を消すことはできない。

 いや、もう、いいかな。次にあいつらのうちのどちらかが来る前に、私はこの世を去ることにしよう。これ以上、あいつらに苦しめられたくない。

 サヨナラ、現世。こんにちは、来世。あるいは、別の世界。地獄でも、こんなにつらい世界ではないはずだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「おはよー。朝ご飯作ったよ。」
瑚子さんの声が聞こえた。「おはよー。」と私も返す。ああ、とんでもない悪夢を見ていた。あんな長い悪夢が存在するのか。あー、ビックリ。夢の最後で切腹って、よっぽどでしょ。刺さる瞬間に目が覚めたんだよ?あー、大丈夫かな、私。夢診断だとなんだったっけ、切腹。ま、いいや。瑚子さんに抱き着こう。
  
 今日の朝ご飯も美味しかった。あれ?昨日の朝ご飯はなんだったんだっけ?思い出せない。まあ、いいか。あー、瑚子さんに抱き着くと落ち着くんだよなー。

 はー、人生幸せ。



 どーしよどーしよ。夢が叶っちゃった。そのまま死んじゃいたいくらい幸せだった。でも、明日はもっと幸せ。



君と出会う前の あの日の 僕は偽りの世界-記憶-に
奪われた宇宙観-世界観- 全てをあの日破壊-リセット-した 
傍にあった幸せは 僕を縛り付けていた
創り出すよ新しい未来-自分-を そう君となら きっと

 好きな曲のサビの歌詞。なんで、世界を記憶と、未来を自分と読ませたりするんだろう?この作詞家さん、謎だなぁ。もっと深く知ってみたい。でもなぁ、情報が表に出てこないんだよなぁ。たぶん、女性だろうな。ペンネームは男性っぽいけど、それなら、たぶん表に出てきてインタビューとか受けるだろうから。

 でも、何かを隠さないといけないような事情があるのだろう。昔、犯罪でもやったのかなぁ。うーん。会ってはいけない種類の人なんだろうな。まあ、私には瑚子さんがいるし、いいや。瑚子さんがいるのに、他の人に会っちゃいけない。せっかく瑚子さんが居心地の良い空間を作ってくれてるのに、外になんて出ちゃいけない。外に出ちゃダメって瑚子さんが言ってくれるんだし、瑚子さんの匂いがするベットにずっといよう。



 瑚子さんは、とってもキス上手なんだよ。でも、他の人はその感触を一生知らない。元彼だか元カノだかはたくさんいるんだろうけど、今は独り占め。うれしい。



 瑚子さんの髪の触り心地、最高。ずっと触っていたい。瑚子さんがもし先に死んじゃったら、髪だけでも取っておきたいな。でも、最後は一緒に死にたい。



 おねしょをしてしまった。瑚子さんは黙って片付けてくれた。お母さんだったら、すっごく怒ったのに。優しい人と同居できてよかった。あれ?お母さんって、どんな人だっけ?どんな顔だっけ?



 やることが無い。瑚子さんが仕事に行ってる間、何もすることが無い。瑚子さんが時々篭もる部屋は、鍵が掛かっている。
 
 そういえば、お腹の傷が時々痛む。瑚子さんによれば、人に刺された時にできた傷らしい。その時に頭も殴られていて、それで記憶が抜け落ちているのだとか。奇跡の生還だったらしい。
 私は、どんな人に刺されたのだろう?


 ひざまくら。うれしい。


 一緒にお風呂。添い寝。うれしい。肌が綺麗って褒められた。瑚子さんの肌も綺麗なんだよ。大好き。


 おかしい。瑚子さんがぐったりしてる。私のひざまくらで寝てもらったけど、あんまり休めてなさそう。肩をもんだら、喜ばれた。私のひざまくらは、嬉しくなかったんだな。残念。何をやったら、よろこんでくれるかな。


 あの長い夢が、夢でなかったような感触がする。傷がそう言っている。でも、それなら誰が。

 怖いから、瑚子さんに抱き着いた。疲れてるのに、ごめんね。
 

 目が覚めたら、隣に瑚子さんがいる。今日は、瑚子さんが一日中空いてる日。お仕事の日以外は、ずっと家にいる。どこか行きたいところは無いのだろうか。一緒にどこかに行きたい。でも、私を外に出したくないみたい。なんでだろう。なんでだろう。なんでだろう。


 瑚子さんがどうやったら喜ぶのか、サッパリわからない。どうしよう。


 瑚子さんが出掛けた後、あれこれと探してみた。今日は秘密の部屋の鍵が空いている。開けてみた。
ここから先のことは、書かない。あれが夢でなかったことだけ、わかった。つらい。


 あの時の私と、今の私が、繋がってしまった。問題は、どうやって、「私が気付いてしまったこと」を、瑚子さんに隠し通すか。無理だ。窓に映る私の顔が、変わった。

 どうしよう。

§

 瑚子さんが帰ってくるなり、抱き着いた。離したくないし、離せなかった。そして、何かを察した顔をしていた。バレていないだろうか。何を察したのだろうか。
 そして、キスの味が苦かった。ごめんなさい。でも、私はどうにもできない。瑚子さんを解放してしまったら、私はもう生きていけない。人生を辞めないといけない。今度こそ、本当に死んでしまうだろう。私はそれでも良いけれど、瑚子さんはたぶん困る。
 瑚子さんに罪悪感を感じさせず、なおかつ、瑚子さんを解放し、そして、私が生き残る。その道を辿るためには、私は私の中の何かを変えないといけない。今の私には無理な話だし、未来の自分にもたぶんできないだろう。それができるなら、こんなことにはなっていない。

 私が持っていた望みを叶える方法が、死にかけることだった。それ以外に方法が存在しなかった。意図していないとは言えど、瑚子さんの罪悪感に付け込むようなことをしてしまった。

 私は結局、私でしかない。


§

 瑚子さんは、あのインチキ占い師が書いていた文章も持っていた。私とのやり取りを記録しておいた文章。懐かしく思うと同時に、その過去を消してしまいたい。奴が本当に悪人だったのか、私にはわからない。それでも、早く諦めるように奴が言ってくれていれば、こんなことにはなっていない。間違い無く。
 罪悪感を消せるならどうするか。何をするか。そして、何をしたいのか。この手の話を、奴が小説の授業という体で話していたのを思い出した。やっぱり、私には何もわからない。奴もたぶんわかっていない。わかっていないことをさもわかったかのように話す。それが奴だ。

 小説家というのは、そういう人種だ。

 奴は、「わかったと思った時が一番わからなくなっている時だ」とも言っていた。それでも、わかろうとするのを辞めるのはよくないことだろう。しかしながら、私もまた、わかろうとするのを辞めようとしている。私も奴も、きっと同じ。いや、奴は……。


§

 瑚子さんの下着を漁っていた。ここを出るとしたら、少しは持っていきたい。一番安いのは、どれだろう。そう思いながら、3枚くらい。畳みながら、こんなに丁寧に私が動けるのかと、驚いた。どれが安いのかはわからなかったから、古くなっているものを選んだ。どうせ、捨てられてしまうのだからと、自分に言い聞かせながら。

§

 この文章、瑚子さんに読まれたらどうしよう。

§

 瑚子さんの怯える顔、かわいい。そう思いながら、快楽に浸っていた。悪いことをしたとは思っている。でも、フェードアウトなんてしたくなかった。瑚子さんの中に何かを遺したい。私が生きているうちに。
 この記憶が消えるとしたら。いつだろう?

§

 なんで瑚子さんが、母の親友なのだろう。

§

 数日間、瑚子さんとの会話は、どこか他人事のようだった。お互いに、新しい傷を作った。お揃い。

§

 心中。美しいなぁ。私も瑚子さんと心中したいけど、でもなぁ。迷惑だよなぁ。どうやったら、愛してもらえるんだろう。

§

 瑚子さんと離れた後の人生を想像してみる。そういえば私、一回切腹してるんだよな。刃物を手に取ったところまでは覚えている。いや、最近思い出した。あの時に死んじゃえばよかったのに、助かって、そして、瑚子さんとの同居が始まって。たくさんキスして、たくさん抱きしめてもらって。指を挿れてもらって。挿れた時のことは……。無かったことにしたいけど、もう一度やりたい。

§

 なんで、同居してくれているんだろう。最初のうちは、たぶん罪悪感とかそういうのだと思う。でも、なんで今も。
 私が瑚子さんの前でまた切腹したら、なんて言うんだろう。嫌だ。


§

 瑚子さんが、目を合せてくれない。

§

 瑚子さんが、目を合せてくれてくれた。嬉しい。

§
 
 瑚子さん大好き。

§

 この文章、見られてる。わかっちゃった。抱き締めてもらえたから、いい。よくないけど。

§

 瑚子さん、ごめんね。

§

 奴らの言葉を思い出した。私が求められてる場所もあるんだなって思うけど、そんなの嬉しくない。瑚子さん以外のものが、全部邪魔に見える。瑚子さんが大事にしてるマグカップすら、私の敵。でも、瑚子さんが悲しむから、割ったりしない。私、偉い子。

§

 ”傍にあった幸せは 僕を縛り付けていた”だっけ。あの曲。はぁ。酷いこと言うもんだな。私はもうやだ。わかってるよ。傍にある幸せが作り物だって。哀れみでできた偽物だって。愛されていないんだって。こんな子と一緒にいたくなんてないんだって。
 
 私は結局、私でしかない。私だもん。私。もう嫌だ。

§

 瑚子さん、勘が鋭い。「私のこと、好きにして」だってさ。そういうのがもう、嫌なの。求められたいの。そして、嫌なのに、甘えちゃう私が嫌なの。
 
 瑚子さんの中に快楽があるのも知ってる。知ってるよ。見りゃ解るよ。なんだっけ、ミホとかいう奴と同じ顔してるから。だけど、違うんでしょ。そんな表向きのモノを追い掛けてるんじゃない。本当の意味で愛し合いたいんだって。

 無理だな。私だもん。


§

 瑚子さんがこれを読んでるの、忘れてた。泣いてた。ごめんね。ごめんってば。許してよ。

 許されるわけ無いか。私は、私でしかないから。


§

 瑚子さん以外の人を好きになれたら、ラクになれるんだろうな。でも、そんなの嫌だ。絶対に。


§

 瑚子さんから女性を紹介された。お相手してみたけど、つまんなかった。気持ち良いだけなら、ミホとかいうクソ女でいいんだって。でも、気持ち良かった。快楽は凄かった。でも、違う。違う。絶対に、違う。


§

 瑚子さんが見てるんだし、瑚子さんに向けて書こう。と思ったけど、好きしか言えない。大好きだし愛してるし、一緒にいたい。あとは、なんだろう。ごめんなさい。許さなくていいから、傍に居させてください。お願いします。嘘でも、同情でも、哀れみでも、なんでもいいから、傍に居させてください。

 そして、こんな私で、ごめんなさい。


§

 怒られた。「莉瑚ちゃんのことは好き。でも、心の準備がまだできてないだけ。好きになってくれる人に対して、そんなこと思わせたくないけど、でも、身体がついてこない。だから、待って。」

 その瑚子さんの言葉すら、信じられなくなってしまった。だって、私だよ?私。やっぱり、私から去るしかないんだ。そうだ、きっと。

§

 荷造りしてたら、抱き締められた。汗につられて、襲ってしまった。しょうがないじゃん。好きなんだもん。でも、好きだからこそ、我慢しなきゃいけないんだよな、本当は。本当は。

 でも、なんだか瑚子さんの様子がおかしかった。快楽のど真ん中でキスを求められたのは、はじめてだ。たぶん。いや、たぶん、勘違いだ。


§

 瑚子さん、いなくなっちゃった。いなくなって、1ヶ月。その間、私はずっと、布団に篭っていた。記憶を振り返り、快楽を思い出したり、虚しくなったり。あの優しさは何だったのかと考えたり。自分の人生の意味を考えたり。

 でも、今回は切腹しようとか、そういうことは一切考えなかった。私が死んでも、瑚子さんを困らせるだけだってわかったから。

 そう言えば、私の元の部屋、今どうなってるんだろう。まあ、大した物は置いてないから、いいけど。いや、望帆とかが漁ってたら、嫌だな。特に、あのインチキ占い師とか……。ああ、嫌だ嫌だ。
 でも、私は生きよう。と思ったけど、どうしようかなぁ。お金は何故か置いてあるし。まあ、買い物でもしよう。

§

 「ああ、その曲作ったの、俺なんだよね。」と、悪いタイミングでアイツと遭遇した。リハビリがてら、歌いながら歩いていた時のこと。記憶喪失中の私がよく聴いていた曲。
 「何の用?」と返して、「いや、俺の曲が君に気に入ってもらえて嬉しいなと思って」と。私は嬉しくない。なんでアンタが、と思った時に、「瑚子さんが今どうしてるか、気になる?」と訊かれた。
 
 私は走り去った。

§

 そういえば、瑚子さんの写真とか、無いんだよなぁ。撮るチャンス、あったはずなんだけど……。あーあ。服とか下着とかはたくさんある。お気に入りをいくつか選んで、そのまま置いて行ったんだろうな。匂いだけでも、私は少し満足できてしまった。ああ、欲って、こんなに少なくなるんだな。
 いや、麻痺しているだけだ。あーあ。

 それにしても、1ヶ月も文章を書かなかったわけだけど、書くって、なんというか、自分を呪う行為のような気がする。そういえば、アイツも「言葉の魔力」の話をしていたなぁ。ああ、嫌だ。知らないもん、そんなもの。
 
 
 
 
 

ギャラリー
  • 変人・変態になる個人レクチャー5時間ぶっ続け
  • ライフコーチングの告知であり、最新の無料動画であり、プロフィール代わり
  • 川崎悠太オリジナルTシャツ販売
  • 川崎悠太オリジナルTシャツ販売
記事検索
  • ライブドアブログ