「これ、整形する前の私なの。」
 僕が一目惚れした女は、もうこの世にいない。けれど、目の前にいる。そして、僕が一目惚れした女を消した張本人でもある。
 「今は言わないで。答えは一週間後に。それまでは、思い出を作らせて。お願い。」

 「思い出。僕も作りたかったな。」と、君の綺麗でもない泣き顔を見て思ってしまった。

 
 ここまで読んで驚いたかもしれない。まあ、そうだろう。隠してたから。
 この文章を読んでから、僕と結婚するかどうかを決めてほしい。僕としてはどちらでも良い。答えを要求されたのは僕だったが、僕が決めても仕方無いから君に決めてもらおうと思う。

 それでは、君が思い出としようとした一週間、僕が何を考えようとしたかを書き綴ろうと思う。

 お楽しみあれ。

・1日目

 「Big fly Ohtani-san!」と、アナウンサーが言っている。ある意味では「なんだ、またか」だが、嬉しいことでもある。どうせなら、もっと打ってほしい。
 と思ったら、「大事な話がある」と君が言い出した。「この試合が終わってからにして」と返した。不満げな顔をしていた気がする。しょうがないじゃん、大事な話を試合見てる時にできるかよ。いやまあ、どうせエンゼルスは負けるのだけれど。
 
 結局のところ、オータニさんの活躍むなしくエンゼルスは負けた。君の顔よりも見た光景だ。実を言えば、君の顔なんてものはほとんど見ていない。揺れる髪か、鎖骨を見ていた。いや、表情がどう変化してたかは眺めていた気がする。

 で、本題に入る。写真の中の人物に僕は一目惚れした。そして、それが過去の君であることを知った僕は落胆した。君か受け取った意味とは真逆である。
 「私、こんな女だったの。信じられないでしょう?こんなに暗くてブスな女、誰も好きにならなくて……。」と聞いた僕は、神の采配を怨むこととなった。

 「もっと早く出会わせろ」、と。

 
 夜、隣で眠る君から、かつての片鱗を感じ取ろうとしたが、わからなかった。

・2日目

 かつての君の写真を預かって僕がどうしていたか気になるだろう。かつての君と街を歩く妄想をしていた。君が仕事に出掛けている間、君の写真をポケットに仕舞って街を歩いていた。そして、時々写真を見た。
 たぶん、外から見たら「妹を亡くして哀しむ兄」か何かに見えただろう。正しい。ある意味ではもう死んだのだから。ただ、兄妹でも姉弟でもない。

 よくよく写真を見たら、元々の君の顔と僕の顔はそれなりに似ている。「自分に似ている女、どこかにいないかな」と思っていたのだが、まさか以前の君とは。

 君は一体、僕の顔をなんだと思ってるんだ。とも思う。でもまあ、顔目当てではないからな、お互いに。
 
 
 君が帰ってきた後、「他の女に会ってきたの?」と訊いてきた。「会えなかった」と返したら、「残りの時間だけは私のことだけ考えて」と泣き出した。もうちょっと、綺麗に泣けないものだろうか。

 ただ、本当は、今の君は美人と言われるべきはずだ。言われ慣れているだろう。ただ、僕の好みから遠い。それだけのことだ。
 でも仕方無い。その彫刻品(実際の整形手術がどのような手順かは知らないから他の表現の方が良いかもしれない)としての顔を褒められ飽きたから、君は僕の相手をすることになったのだ。話をやたらと聞いてくる僕を。
 実のところ、君みたいな金持ちの思考回路を知りたかっただけだ。ただそれだけ。そして、君のところにいれば僕は金を稼がずに遊び回れるから、君の申し出を受け入れた。愛情がそこにあるかは、知らない。

 とりあえず、整形前の君の方が好きだし、愛情を持って接することができると思う。きっと。でも、当時の君は僕に興味を持っただろうか。ひとまず、出会えなかったはずだ。


 夜、僕は君に襲われた。楽しかったよ。襲われる方が好き。続きを読む前に襲ってもいいよ。でも、死ぬのは嫌だから、そこはよろしく。


・3日目

 なぜ、文章で渡そうと思ったか。話すと長くなるし、忘れそうだから。君の目を盗んで書いていた。

 それと、僕自身、僕が何をどう感じているのか、知りたかった。
 
 相変わらず僕はメジャーリーグ中継を見ようとしたのだが、君が止めた。やれやれ。僕はオータニさんのホームランを見逃した。

 ところで、君は僕のどこを気に入ったのだろうか。「話をしっかり聞く」だけではなかろう。「他の男はみんな雑だから」とか、そういうのだろうか。
 ひとまず、僕を気に入ったのは不幸な話かもしれない。

 さて、君が仕事を休むことにしたから、あと4日間くらいは君とずっと一緒に暮らすことになる。それはまあいいのだけど、野球を見たかった。

 ひとまず、君とオークラのパンケーキを食べることにしたのは正解だった。美味だった。自分の金ではなかったから、余計に。というか、自分の金で食べる気にはなれない。
 帰りにタピオカ。糖分取り過ぎな気もしたが、まあよかった。これも思い出になったのかな?

 ふと思えば、君は動きが綺麗である。あとは綺麗に泣くことさえできれば。整形前の写真さえ見せられなければ、即決で結婚してたのに。
 もしかしたら、整形前の顔に一目惚れしていても君としたら別に問題無いのかもしれない。どうなのだろう。気になる。まあ、そのためにこれを書いているのだが。

 でも、Xデーまでは黙っておく。
 夜は君に抱き着かれた状態で寝ることとなった。この胸はシリコンなのかとずっと気になって、なかなか眠れなかった。
 シリコンだったとしたら、外してほしい。胸は自己主張していない方が良い。鎖骨の邪魔をしてしまう。胸は鎖骨より目立ってはいけない。

 まあ、君が僕から離れるのなら、関係の無い話だ。

・4日目
 
 よくよく考えたら、前に住んでいた物件は解約したのだった。さて、君との同居が続かない場合、僕はどこに住むことになってしまうのだろう。
 まあ、また君みたいな人を探せばいいのかな、とは思う。今度は、整形前の顔が本当にブスな人を。いやまあ、整形経験者である必要は何処にも無いのだが。

 それにしても、本当に誤算だった。君が整形しているのは薄々気付いてた(フィフティーフィフティーくらいの精度だろうと思っていた)が、まさか、整形前の君の顔があんなにも僕好みだとは。
 
 でも、僕の好みが特殊なような気もしている。整形前の顔は、テレビや雑誌等では出番の無い顔だろうし、事実、今の方が君はモテる。僕は金目当てだったが、今ならテレビでもチヤホヤされるだろう。
 

 昼間。また君に襲われた。その間、子供ができたらどうなるのだろうと考えていた。娘だったら、整形前の君そっくりでかわいいだろう。君が要らないと言うなら、僕が育ててもいい(育てる金は無いがな)。仮に結婚してたとしても、君を放置して娘の相手をしているはず。

 息子だったら、要らない。

 夜。ふたりとも真夜中に起きて、ふたりで散歩した。あれもあれで楽しかった。

 
・5日目

 整形前の君を消した張本人が君であるという事実を、僕はまだ許せていない。のだが、消さなかったら、ここまで生きてこれなかったのかもしれない。事実、君が稼げているのは、「今の」顔のおかげだ。断じて、君の実力ではない。君が取った契約は、顔で取ったものだ。たぶん。
 その金で遊び回ってる僕は、文句を言える立場ではない、のだろう。
 
 そして、君は自信を掴むということもなかっただろう。当時の君に僕が出会っていたとして、僕はどこまで君の自信になれただろうか。

 そう思うと、君は今の君でいることが正解なのかもしれない。

 そんなことを、君が淹れる紅茶を飲みながら考えていた。話を聞いてなかったのは、そういうこと。すまんね。

・6日目

 もう、結婚を決めていいんじゃないかと思ってきた。まあ、それだと騙すことになってしまうのだが。まあ、いいでしょう。全部君が悪い。

 離婚を検討する時にこれを見せることになるかもしれない。覚悟あれ。と言っても、その時の君は、これを初めて見ているんだよな。ふふん。

・7日目
 
 君がずっと泣いていた。綺麗に泣けるようになったじゃないか。よかった。ありがとう。



・結び

 君がいつこれを見ているか、これを書いている時の僕に知る由は無い。もしかしたら、浮気や不倫の証拠を探している時かもしれないし、すぐかもしれないし、それか、僕がこの世から退場した後かもしれない。
 
 いずれにしても、君は驚くだろう。君にこれを見せないという選択をすると、その驚く顔を見ることができないわけだが、まあ、人生ってそういうもんでしょう。
 
 とりあえずまあ、どうもありがとう。そして、整形前の君によろしく。君が君と仲直りしてくれると、僕は嬉しい。