『ねーねー。てんてーはどーゆーれんあいをしてきたのー?』
はぁ、今度はこの子か。あ、やべ、マールボロを吸う前に喫煙所を出てしまった。なんということだ。
「とても疲れる恋愛をしてきたよ。だからまあ、女と女の恋愛を見て癒やされたいわけで。」
『てんてーもたいへんだねー。わたしがいやしてあげる!』
「いや、何するのよ、それ。」
『えーっとねー、ひざまくら!』
「それ、上から怒られるんだけど。」はぁ、また案件だ。っていうか、この子、何歳?
『うえってだーれ?』首を傾げる。いや、その仕草、ずるいよ。
「えーっと、僕の上司にあたる人。それよりさ、あの暴言女とのキス、どうだった?」
『けっきょくしなかったー。だって、あのおねーちゃん、べつのおんなのひとのことかんがえてるんだもん。』
「まじかぁ。はぁ。つまんねぇ。なんだよ、あの子がどうなるか楽しみにしてたのに。」
『だめだよー。わたしときすしちゃったら、あのこはわたしのことしかかんがえられなくなっちゃうもん。それこそつまんないよー。』
「ほう、大した自信だね。」いや、ほんとに。
『じしん?べつにないよ?あたりまえのことをいってるだけだから。』
目が変わる。怖い。
『てんてーも、わたしのこと、こわい?』
「うん。とても。今までの誰とも違う怖さ。」
『てんてーがわたしにはまっちゃったら、どうなるんだろうなー。』
「え、ちょっと、やめて。」




 「ねえ、君、酷くない?僕のこと、なんだと思ってるの?」
『てんてーはてんてーだよ?それよりさー、わたしがてんてーの、りそうのおんなのひと、さがしてあげようか?』
「えっと……。わかるの?」
『わかるよー。わかりやすいもん。ちょっとくちがわるくて、たくさんおかねもってて、きれいなかみでー、いろんなおんなのひとのあいてをしてきて、あたまがよくて、じつはやさしくて、やきゅうがうまくて、そんでもって、いいかんじにふりまわしてくれるおんなのひと!そんでもって、そのりそうのごしゅじんさまがつれてきたおんなのひとと、りそうのごしゅじんさまについてはなしたいんでしょ?』 
「え、ちょっと待って、君に話したっけ?」
『てんてーのしょーせつよんでたらわかるよ。』
え、そんな。理想の相手をそのまま書いてるって、なんでバレて……。

 『あなたこそ、私のことなんだと思ってるの?』

刺すような鋭い声。今までのは、演技?うそでしょ?
『ねーてんてー、なんでてんてーが「とても疲れる恋愛をしてきたよ」みたいなことをいっちゃうようなことになってきたか、わかるー?』
口調と声が戻っても、鋭さは変わらなかった。そして、なんで僕みたいな声が出せるの?というか、なんでわざわざマネするの?
「え、だって、そういう恋愛しかしてこなかったから。」
『てんてーもじゅぎょーでいってたでしょ?「君たちは固定観念の中で生きている。その固定観念通りのことが起こる」って。それ、てんてーのはなしだよね?』
なんでそんな、怖いことを僕に言うのだろう。

 『あんぜんなところかられんあいをながめてたのしもうとするひきょーものだからだよ?わたしにいわれなくても、わかってるでしょ?』
「その通り。でも、僕はそれほどの人間じゃない。人を幸せにできるような人間ではない。」
 『私を幸せにしてくれた小説家に、そんなこと、言われたくなかったな。』
「え、どういう。」

 『あなたの小説を読んで、やっと、私が私をどうすればいいのかがわかった。目的のために自分を演じて、嘘をついて、そして、人を騙す。あなたが小説の中で許可してくれたこと。それすらそもそも”できない”私を変えたのは、あなた。”自分らしさという迷路”から抜け出すことができたのは、あなたのおかげ。』
ああ、僕はそんなことを……。何も考えずに書いてきたから……。
『でも、授業を聞いてみたら、ただの卑怯者だった。あのお姉ちゃんが言うように、テキトー小説家だった。私はあなたの書く小説に騙されてただけだった。ガッカリした。騙された私自身にも。でも、授業は面白かった。卑怯者が何を考えるか、筒抜けでわかるから。』
「え、ちょっと待って」
『待たない。あなた、人に待たされるのを嫌がる割には、人を待たせるでしょう。それ、なんでだかわかる?』
「え、そもそも、待ってる時間そのものがが嫌で。」

 『自分が価値のある人間だと思いたいから、でしょ。「待たせても待ってくれない人間の相手なんてしたくない。俺の価値がわからないような奴の相手なんてしたくない。だって、ボロを出してしまうのは嫌だから。だって、何回もガッカリされてきたし。それなら、最初からクソ野郎を演じていた方が良い。だって、それなら、嫌な人は来ないから。自分の嫌なところまで受け入れてくれる人でないと、怖くて相手できない。無償の愛が欲しいのも、あんなに尽くしてきたのにって言われて全てを奪われるのが嫌だから。」だいたいそんなところでしょ?自分に価値が無いことをバラしたら、それこそ、あなたは』
「ごめん、もう無理……。」
『そうだねー。てんてーにはしげきがつよすぎたねー。ごめんね。いいこだから、なかないでね。
あなたの泣いてる顔になんて、何の価値も無いから。
「うん、わかってる」
『じゃーてんてー、またね。つぎのじゅぎょーまでいきててねー。ちゃんとじゅぎょうやってねー。』 

 怖い。本音を語る時だけ大人に戻る女、怖い。

 ただ、気になる。なんで、僕がテキトー小説家であることを許してくれないんだろう?結局のところ、僕は僕でしかないのに。もしかしたら、恩人がどうしようもない人間であることがわかってしまった時の怒りかもしれない。その怒りは、自分自身にも向けられる。「この程度の人間に救われてしまう自分だったのか」と。
 身に覚えがある。とんでもない大金を注ぎ込んだ指導者がロクでもない奴だったと、見てみないフリをしていたのに、突き付けられてしまった、あの時。語る内容そのものにも大した価値は無く、それは他所で安く学べたと知ったあの時も。
 もしかしたら、僕もまた、あの指導者と同じことをしてしまったのかもしれない。はぁ、今度こそ、マールボロを、いや、葉巻を吸いに行く。そうしよう。いや、帰って寝る。そうする。