「おいお前!野球だ野球!」
「ああ、そうだっけ……。」
 いつものやり取りである。

 「そんなことより女将さん。結構前にうちに来たあーたの恋人さんだけどさー、うちではなんかメチャクチャって言ったらビックリしてたよ。っていうのを今思い出したから言っておくことにする。なんかあれじゃん?その後しばらく返ってこなかったし、帰ってきてすぐ野球しに行って、あーたが投げた高速シュートが頭に当たって記憶飛んでたじゃん?それであれ、今思い出したんだけど。」 
「お前……。なぜ早く言わない……。」
あれ?女将の様子がおかしいぞ?と、あの時の僕は思った。女将が慌てるようなことは滅多に無い。
「だから、どこか様子が変だったのか!あー、まずい、会って来なきゃ!私としたことが!」

 僕が「いや、だから、今思い出したんだって。あーたが俺の頭にボール当てるから忘れてたんだって。」と言う前に、我が家の女将は急いで身支度をして、文字通り、家を飛び出した。はぁ、なんで野球用の格好から、お出かけ用の服にあんなに早く着替えられるんだろう。演劇とかやってたんだろうな、きっと。知らんけど。


 ちなみに、「あーた」は、山の手弁で用いられる二人称だ。どこぞのマフィアみたいな女(会ったことは無い)が使っていて、それで感染った。
 そして、僕も女将も、左投げ左打ちである。野球経験者は想像してみてほしい。左対左で、しなやかなアンダーハンドからインハイに来た速球が頭に向かってくる時の恐怖を!こっちはスライダーを待ってたんだぞ!避けられるわけないだろ!
 ちなみに、その後、よくわからないうちに家に戻っていた。頭にボールが当たる直前から家に戻ってくるまでの記憶が全く無いからわからん。

 さて、あの日のことを思い出したわけだしメモしておこう。

 確か、恋人さんとやらが来て、何やらあれこれ喋ったはずだった。何話したっけ。ああ、この家以外では王子様なんだっけ、うちの女将だかご主人様は。そうなると、この家は魔境なんだな。はぁ。
 にしてもなぁ、ほんとに女にモテるんだなぁ、あの人。ビックリだわ。話を聞いてる限りだと、モテて当然なんだけどなぁ。そういえば、いつから女好きなんだろう。ずっとかな。
 
 ひとつ気になったことは、「どんな女が好みなんだろう」ということ。この前来た人とか、あとは、写真を見て、「統一感無いなぁ」と思うわけだ。まあ、それ言ったら、僕の女の好みもまたよくわかんない感じらしいんだけど。あ、誰かが、「君さ、君に似てる女を選びがちだよね。たまに外してくるけど、根本はそうでしょ?」とか言ってたのを思い出した。
 ただまあそれも、うちの女将には当て嵌まらない。もしかして、女ならなんでもいいのか?いや、でも、パッと見綺麗な人ばっかりだしなぁ。僕の好みじゃないけど。あ、でも。僕の元カノを食ったことあったな、女将。感想を訊き忘れてた。僕としたことが。あれ?訊いたっけ?どうだっけ?

 ま、いいか。人生、そんなもんだ。あ、しまった。夜ご飯が必要か訊き忘れてた。いや、訊く間も無かったか。どーしよっかなー。僕ひとりだったら、ニンニクマシマシして、そのまま帰って寝たいんだけどなー。どーしよっかなー。まあ、いいか。とりあえず、今はパイプ吸うか。何がいいかな。シリアン・ヴィンテージ・ラタキアにしよ。残り1パックしか無いけど、まだ売ってるかなぁ。なんたって、シリアのだしなぁ。

 さて、ここで終わり。