「再発防止」という観点を最優先して私は考えているからだ。「暴走しつつある経営者を、本物の苫米地式コーチングは止めるどころか悪化させた」という話だからだ。青山龍は、コーポレートコーチとしてビ・ハイアに入っていた。苫米地英人から与えられた「苫米地式認定マスターコーチ」という肩書きを掲げて。「何百万も受け取っておいて何をやっているのか。この無能め(いや、むしろ害悪)。」という話である。清水有高は元々そんなに馬鹿ではないが、青山龍や苫米地英人に思考力を奪われてしまったのだ。

清水有高からしたら、何百万もかけて青山龍のコーチングを受けて、酷い目に遭ったのだ。清水有高は、青山龍や苫米地英人、そして、本物の苫米地式コーチングの被害者である。

ただ、問題は、コーチングを受ける際に交わした契約書が「青山龍・苫米地英人サイドにとって」完璧なことである。裁判というものは、契約書と証拠のみが正義である。だから清水有高は、この問題についてどうにもできないでいる。本当は、青山龍や苫米地英人、その他の金を払ったはずなのに裏切ったコーチたちから金をぶん取りたいところだろう。
「苫米地英人は嘘つきである」と前々から言っていたのはそこだ。契約書の時点で、「コーチングは、100%クライアントの利益になるように行う」というのが大嘘であるとわかるのだ。言ったからには契約書もまた、「100%クライアントの利益になるように」作るべきなのだ。



そして、今回の騒動について、「原告側と被告側、どちらが嘘をついているのか」という話も出ているが、この問題については神のみぞ知る話だろう。裁判というのは結局、「契約書に沿って、良い証拠を出した方が勝つ」ゲームでしかない。原告側も被告側も、極限状態にあったため本当のところ何があったのかは知らないはずだ。両者の記憶もまた、いくらでも改竄されるのだから……。(「記憶は改竄される」にピンと来ない人は、「脳はいいかげんにできている」を読んでみてほしい。)

どんなに脅されても、自分にとって都合の悪い内容であれば契約書にサインをしてはならない。困ったら、すぐに警察を呼ぶべきだ。そのための携帯電話(スマホ)だ。
契約書が、裁判における正義だ。清水有高が大下・桜井に訴えられた裁判に勝つ可能性がそれなりにあるのはこの点である。「脅されたから判子を押した」は、その時の映像が無ければ成立しない(例外はあるかもしれないが)。


さて、再発防止のためにこの記事を書いているということで、ひとまず、「契約書をよく読み込むこと」をオススメしておきたい。

「マーケティングや広告で言っていること」と、「契約書」が矛盾しているかどうかを確かめるだけで、そいつが嘘つきかどうかがわかる。わからないとしても、金を払っていい相手なのかどうかの第一関門になるだろう。

清水有高という被害者が、部下という更なる被害者を生み出した事件の二の舞になりたくないのであれば、このことは実践すべきだ……。

ちなみに、顧問弁護士を雇っていない人に限った話だが、「守秘義務契約は結ばない」のもまた、懸命な判断である。相手がこちらの秘密を漏らした場合、こちらがわざわざ弁護士を雇ったり証拠集めをした上で裁判をしないと、守秘義務契約を結んだ意味は塵に消えるのだ。そして、顧問弁護士を雇っている人間にとっては、一見難しそうに見えるこのプロセスは、いとも簡単にできることになる。「あいつ、訴えといて」で済む話だ。
何が言いたいかというと、不平等な契約になるのだ。



さて、最後に。青山龍へ。たぶん読んでいるだろうから書いておく。同僚が自殺した事件をよく思い出してほしい。あなたは、あの頃から何一つ学んでいないのだ。大金をもらって丁寧にやっていたはずのコーチングでも、様々なSOSサインを見逃していたのだから、コーチなんて辞めなさい。もし続けるなら、少なくとも、苫米地英人は良い師匠ではない。もっと他に指導者を探すべきだ。

特に何かを変える気が無いなら、十字架を背負って生きなさい。今持っている貯金や資産は契約書によって守られるのだから失われることは無い。しかしながら、あなたが遠回しに奪った命は、返って来ない。

まあ、この程度の文では罪悪感を持たない人間かもしれないな、と、打ち終わってから考えた。実際、どうだろうか。何か感じていただくことを願う。


ご連絡先 painlessmental@gmail.com

そして、「私もクソ経営者かも」と思った方、ご連絡ください。無料という訳には行きませんが、一時間あたり最低五千円+ファミレスでの飲食費からでもご相談承ります(高額なるほど丁寧にやりますが、いくら払うかはお任せします。初回は最低額からの方が良いかもしれません)。
歯科検診が重要なように(私の歯を見よ!)、暴走も早めに止めておくことが大事です。私は契約書無し+録音録画可能で行います。

それでは、良き人生を。